幻視者の夢

   ──われらがドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ

魚住洋一 


 着道楽にうつつを抜かす或る国の王様のもとに、機織(はたお)り職人を名乗る二人のいかさま師がやってきて、自分たちは世にも稀なる美しい織物を織ることができるが、この織物の不思議なところは、自分の地位にふさわしくない者やとんでもない愚か者にはそれが見えないところだ、と吹聴する。そのペテン話にうまく騙された王様は彼らに衣装を織らせることになるが、もちろん王様をはじめ大臣や役人たちにも織物は見えるはずがない。しかし、彼らはその地位にふさわしくない愚か者だと思われては困るので、いかにもそれがよく見えているかのように、その色合いや図柄をしきりに誉(ほ)めそやす。ところで、衣装が織り上がり、王様がそれを着飾って行列をする日がいよいよやってくる。その行列の最中、沿道に居並ぶ人たちも窓から見守る人たちも、王様の華麗な衣装を口々に褒め称(た)たえ、愚か者だと思われたくないものだから、誰もそれが見えないなどとはけっして口にしない。──そのとき、一人の子供が叫ぶ、「王様は裸だ」と(1)

 王様をはじめ役人から沿道の人々に至るまで、彼らはことごとく、皆に見えるものが自分にだけは見えないことに恐れをなして、愚か者と思われたくないあまり、実際には見えもしないものがあたかも見えるかのように振る舞い、それを眼前に彷彿とさせようとその想像力を掻き立てる。もし皆でこぞって見ようとしている夢の眠りを大声で破ってしまう例の子供さえ現われなければ、虚構(アルス・オップ)の世界がそのまま現実の世界となっていただろう。そうでなくとも、アンデルセンの筋書きとは違って、例の子供が妄想に取り憑かれた気違いとして閉じ籠められる顛末となるような筋書きもありえたはずである。乱暴な言い方が許されるなら、皆が見るもの、皆が見たと信じるものは、それ自体〈現実〉の名に値するのではなかろうか、いや、自分には見えなくても、自分以外の人々がそれを見ていると信じるならば、それだけでそれは〈現実〉となってしまうのではなかろうか。仮にそうだとすれば、現実と仮象の区別立てそのものが疑わしくなってしまう。こうなってしまえば、王様は裸だと声高に叫ぶ例の子供の醒めた目に救いを求めても、おそらくは無駄であろう。なぜなら、永井均も指摘していたように(2)、例の子供が見たと信じる〈現実〉にしたところで、大人たちがそれに身を委ねていた仮象に代わる新たな仮象かもしれないからである。お伽噺というものは概して啓蒙的な匂いがするもので、愚かな人々に〈真実〉を教え諭(さと)すことで話を大団円に終わらせようとするものだが、しかし、そんな真実など何処にもないとすればどうだろうか。──ヴァルデンフェルスもこう語っていた、「〈真の世界〉が疑わしくなるなら、〈見かけの世界〉という対立項も消え失せる。・・・・われわれは現実の秩序を見出すこと(フィンデン)と可能な秩序をでっち上げること(エアフィンデン)がもはや区別されえないところにまで至りつくのであり、そこでは虚構の現実への従属関係はこの二つの契機の交差配列(Verschraenkung)に取って代わられるのである」と(3)

 

1.想像の共同体

 話が先走りすぎたようである。私がここで示したいのは、現実と仮象、知覚と想像の区別をあまりにも自明のことと考えて憚(はばか)らないわれわれの通念へのささやかな問いかけにすぎない。ただ、そうした問いかけを通じて、メルロ=ポンティが〈現実的なものの想像的組成〉(la texture imaginaire du reel)という謎めいた言葉で仄めかしていたような、現実と仮象の絡まり合いについて何ごとかを語ることができれば、と思うだけである。

 私がアンデルセンの「裸の王様」を話の糸口にしたのもそのためであって、このお伽噺の語り口には、〈現実〉なるものが、知らず知らずのうちにわれわれが共犯して行なってしまう〈想像〉の所産かもしれない、という疑いを読者に抱かせるところがあるからである。──王様の行列を見る人々は、何も見えない自分の動揺をひたすら抑えながら他の人々の顔色を窺うが、誰もそうした動揺を顔色には表さず、こうして互いの思い込みが相乗され合って彼らの〈現実〉を形作ってしまうのだが、ここに見出されるのはまさに〈自己成就的予言〉(self-fulfilling prophecy)というものであって、他の人々には王様の華麗な衣装が見えているはずだという人々の穿った思い込みが、そのまま彼らの〈現実〉となるのである。しかし、翻って云えば、それこそ彼らが生きていた紛れもない〈現実〉だったはずである。「もし人々が諸々の状況を現実と定義するならば、それらの状況は結果において現実なのである」と述べた例の〈トマスの公理〉を思い出すべきかもしれない(4)。トマスがこの公理によって語ろうとしたのも、確固としてそこにあるとわれわれが信じているこの〈現実〉というものが身に帯びている何とも云えぬいかがわしさと胡散臭さ以外ではなかったはずである。

 このことと絡み合うことだが、私が問い質(ただ)したいもう一つのことは、〈想像力〉というものにまつわる或る通念への疑問である。通常われわれは、想像力がわれわれをこの貧困な現実から自由に解き放ってくれる力だと楽天的にも思い込みがちである。ところが、われわれがそうした想像力によって自ら自身をがんじがらめに縛り上げているような事態があるとすれば、どうだろうか。想像力についてのこうした通念を形作るのにおおいに与かったサルトルを例に挙げよう。彼によれば、想像力は、「意識の〈非現実化する〉すぐれた機能」(la grande fonction "irrealisante" de la conscience)として、現実を超越しうる人間存在の〈自由〉の証しにほかならない(5)。したがって、彼によれば、〈現実〉に縛られたわれわれの〈日常〉、決まりきったルーティンの繰り返しに終始するこの日常ほど、想像力とは無縁のものもないはずである。──しかし、私の考えでは、彼は現実と非現実を極端に対立させたために、かえってこの日常的現実そのものに忍び込んでいる想像力の働きを見過ごしてしまったのである。サルトルの想像力の定義はいささか舌足らずであって、彼のいう「意識の非現実化する機能」は、非現実を非現実として現出させるとともに、非現実を現実として現出させる働きとしても理解しなければならない。このことを考えるには、たとえばドン・キホーテがそこに見たものが実際には風車にすぎないのに、巨人がそこに居ると信じたというあの事例を思い出せばよい。これはいかにも馬鹿げたことだとして一笑に付されるかもしれない。しかし、ドン・キホーテが一人で行なったがゆえに〈狂気〉と見做された企て、非現実を現実と見做すというこの破天荒な企てを、われわれもまた皆で一緒になって行なっているのではなかろうか。アンデルセンが「裸の王様」のなかでシニカルな筆使いで描いたのは、まさにこうしたわれわれの姿であったはずである。──他の人々には見えているはずの王様の華麗な衣装を何とか見ようと想像力をたくましくする人々のありさまから窺われるのは、人間の〈自由〉の証しであったはずの想像力が、むしろ逆に人間を〈拘束〉する足枷(あしかせ)となっている姿である。想像力は、吉本隆明のいわゆる〈個的幻想〉ならざる〈共同幻想〉を形成する働きをなすとき、サルトルの思惑とはまるで違った役割を果たすように思われる。しかし、むしろそれこそわれわれの想像力の通常の働きかたなのではなかろうか。──ここで思い出されるのは、レインが語っていた〈社会的空想体系〉(social phantasy system)という概念である。彼によれば、われわれは通常それを現実と見做すほどにこの〈社会的空想体系〉のなかに浸り込んでいながら、しかも皮肉なことに、〈公共性〉(パブリシティ)を〈現実性〉(リアルネス)と取り違えたそうしたわれわれのありかたこそ〈正常〉なありかたと見做されているのである。「あらゆる集団は空想によって動いていく。・・・・一部の家族やその他のグループに見られるような緊密に結びついた集団は、空想という様態によってしか見出されないような疑似−現実経験を見出したいという欲求によって、互いに結び合わされている。・・・・贋の社会的現実感は、とりわけ、空想とは認識されない空想を伴うものである。ポールが家族の空想体系から醒めはじめるとき、彼は家族によって狂人か悪人の類(たぐい)だと見做されるだけである。なぜなら、彼らにとっては彼らの空想だけが現実であり、彼らの空想でないものは現実ではないからである」(6)。これは、まさしく「裸の王様」の世界である。このように述べたレインは、さらに別の箇所で次のように言い切っている。「われわれは、われわれが捏造し永続させようとしつづけるかぎりにおいてのみ存在しうるような存在に服従し、かつそれを守護している。こうした集団的表象はいかなる存在論的な地位を占めるのだろうか。──こうした人間的情景はいわば蜃気楼の情景であって、そこには魔法から生まれる疑似−現実性しかない。なぜなら、誰もが自分を除いたすべての人がそれを信じていると信じているのだから」(7)。レインが語っていることからすれば、たとえばドン・キホーテが狂人と見做されたのも、彼が想像を現実と取り違えたからではけっしてない。むしろそれは、彼が現実と想像したものが皆が現実と想像しているものと食い違っていたからにすぎないのである。私の考えでは、サルトルをも含めた従来の想像力についての議論は、想像力にまつわるこうした側面を見過ごしていたように思われる。常識的な思い込みとは逆に、われわれは〈個的幻想〉のなかで遊び戯れるためというよりはむしろ、〈共同幻想〉に自らを縛りつけるためにもっぱら想像力を働かしているのではあるまいか。

 このことは想像力の本性とは無縁のことだろうか。私にはそうは思われない。はたして、われわれがありとあらゆることをまったく自由に想像できるか、ということを考えてみればよい。われわれが想像できるのは、たかだか自分が実際に見聞したり誰かから伝聞したりしたことの枠を越え出るものではないのである。卑近な例を出せば、われわれが想像する異星人(エイリアン)は、人間のような姿形をしているか、せいぜい蛸のような姿形をしているかにすぎない。想像力を伝統的な仕方で区分して〈再生的想像力〉と〈創造的想像力〉とに分かつとしても、後者は前者によっておおいに制約されているのではなかろうか。だとすれば、自由だと信じられているわれわれの想像力は、われわれ一人一人の〈過去〉から制約を受けるだけではなく、他者の想像を反復的に再生するものとして〈他者〉からも制約を受けることになるはずである。おそらくわれわれは、自由であったはずの想像においても、結局過去や他者たちとの繋がりから逃れ去ることができないのであって、そのためわれわれは想像力の翼を自ら圧(へ)し折ってしまうような顛末に陥るのである。

 ところで、想像力にわれわれ人間存在の〈自由〉の証しを読み取ろうとするサルトルにしても、われわれの想像力のこうしたネガティヴな側面は認めざるをえなかったのか、いささか唐突なかたちで、われわれの想像力の〈貧困さ〉について言及しはじめる。たとえば彼は、知覚の対象はたえず意識から溢れ出るのに対し、イマージュの対象は私がそれについて抱く意識以上のものではなく、私はそのイマージュのなかにあらかじめ置き入れた以上のものをけっして見出さないだろう、と述べながら、想像力がもつこうした〈本質的貧困性〉(pauvrete essentielle)こそ、分裂病患者たちが想像の世界のなかに閉じ籠る当の理由であると語っていたのである。「分裂病患者の世界が豊かさと輝きに満ちたさまざまなイマージュが湧き起こる世界であり、それらのイマージュが現実界の単調さを償うものであろう、などと考えるのは大変な誤りである。それは貧困で小心翼々とした世界であり、あらかじめすっかり規則立てられ予見されている同じ儀式を伴って、同じ場面がきわめて詳細な細部に至るまで飽くことなく繰り返される世界である。その世界ではとりわけ、何一つとして網の目から逃れるものも、抵抗するものも、不意を衝くものもないのである」(8)。──しかし、サルトルが分裂病患者のありかたとして描くこうした世界の相貌は、むしろわれわれ〈健常者〉がそのなかで日々を送っている〈日常性〉のありかたそのものではなかろうか。私には、彼がこのような言葉で描こうとしているものがむしろ、同じことが執拗に繰り返されるルーティンのなかにひたすらその安らぎの場を求めようとするわれわれ、ひととは違った振る舞いをしているのではないか、ルールを踏み外したことを仕出かしたのではないか、とその想像力をたくましくして小心翼々と振る舞っているわれわれの自画像のように思われてならないのである。

 

2.揺るぎなき日常

 ここで、アルフレッド・シュッツに目を転じたい。とりわけ私の関心を牽くのは、彼のいわゆる〈多元的現実論〉である。周知のようにシュッツは、四〇年代以降、〈多元的現実〉(multiple realities)についての議論を展開しはじめるが、それは、「矛盾がないままである対象はいずれも、矛盾がないというまさにその事実によって信じ込まれ、絶対的現実として定立される」と語り、さまざまな現実の秩序が存在すると主張したW・ジェームズを受け継いでのことであった。たとえばシュッツは、少女がママゴト遊びをしているとき、彼女は現実に母親であり、彼女の人形は現実に彼女の子供なのである、と述べていたが、彼によれば、われわれが想像、夢、遊び、宗教的体験、狂気などの世界に浸っているとき、そこに現れるさまざまの事柄が互いに一貫し両立可能であるならば、それらの世界に賦与される現実性のアクセントはけっして奪われることはないのである(CPI,208ff.; 340f.)(9)。このことについては、夢を見ている者は夢から醒めてはじめてそれを夢と知るのであり、夢を見ている最中にはその夢はいわゆる現実よりもはるかに迫真力をもって迫ってくる、ということを考えればよい。シュッツが引き合いに出すジェームズにしても、たとえば翼の生えた馬についてあれこれ夢想するだけなら、それらの夢想は、互いに矛盾し合わないかぎり、あくまでも現実的である、と述べていた。彼によれば、それらが現実性を失うのは、われわれがそれらの夢想を自分が飼っている牝馬に結びつけ、厩舎に居るこの馬に翼が生えたと言い出すような場合だけであり、その場合には、夢想されていた馬と厩舎に居るこの馬とが互いに両立不可能であるために、われわれは絵空事を夢見ていたことになるのである(10)

 ところで、シュッツは、〈現実〉というものを一枚岩的な平板さにおいてではなく、多様な豊かさにおいて捉える視点をジェームズから受け継いだのだが、彼は、ジェームズが〈下位宇宙〉(subuniverse)と呼んでいたそうしたさまざまな現実の秩序を〈限定的意味領域〉(finite provinces of meaning)と言い換えることで、それらを実体化する愚を避けようとする。それは、何ものかが〈現実〉とされるのは、そのもののありかたというよりは、むしろそれをどのような意味において捉えるかというわれわれの捉えかたに係わっているからである(CPI, 229f.)。しかし奇妙なことに、現実を非実体化し多元化しようとするこうした企てのなかで、シュッツはこの〈日常生活の世界〉(the world of daily life)をきわめて特権的なものと見做し、それを実体化しはじめる。つまり彼は、さまざまな限定的意味領域のなかで、この日常生活の世界をジェームズに倣って〈至高の現実〉(paramount reality)と名づけ、他の意味領域がすべてその変様と見做されるような「われわれの現実経験の原型」たる地位をそれに与えるのである(CPI, 233)。たしかに、夢はいつかは醒め遊びもいつかは終わるのであり、われわれが夢や遊びからつねに立ち返るところといえば、それはまさにこの日常生活の世界であろう。だからといって、それを至高の現実として実体化してよいことにはならないはずである。とりわけ問題なのは、このように日常生活の世界を至高の現実と見做すことが、それがさまざまな現実の位相の一つにすぎないとする考えに抵触することである。──現実の多元性を無効にしかねないこうした考えが出てくるのはなぜだろうか。シュッツが日常生活の世界に至高の現実としての地位を与えたのは、おそらくはそれがもっているはずの確固たる〈物質的基盤〉のせいであろう。彼がそれを〈仕事の世界〉(the world of working; die Wirkungswelt)と名づけたのも、彼のいう〈仕事〉がこの世界の物質的基盤のうえで身体を介して営まれる実践的行為のことであり、そうした仕事においては、夢などではしばしば起こるような因果性を無視した主観的な恣意性が罷り通ることはないからである。しかし、「コミュニケーションは外的世界の現実のなかでのみ生じうるのであり、そしてそのことこそ・・・・この外的世界が至高の現実という性格をもつ重要な理由の一つである」という言葉が示すように(CPI, 322)、シュッツがとりわけ問題とするのは、われわれが互いにコミュニケーションを行なうための物質的基盤であって、彼によれば、何ごとかを伝え合うためには声が物理的に口から耳へと届かねばならず、また何ごとかについて語り合うためには共通の対象として物理的諸事物がそこになければならないのである。彼によれば、われわれは共に夢を見ることはけっしてできないのであり、われわれが何ごとかを互いに共有し合えるのはこの日常生活の世界においてだけなのである。つまり彼は、あらゆる文化的上部構造を剥ぎ取ったいわゆる〈剥き出しの事象〉(blosse Sache)の領野としての〈自然〉の存在こそ、われわれにとっての間主観的世界の形成を可能とし、それを〈至高の現実〉とする当のものであると見做すのである(CPI, 341ff.)(11)

 しかし、シュッツは「事実というものはすべて解釈された事実である」と語り、われわれに共通の物理的対象を与えてくれるはずの知覚といえどもつねに類型化的解釈を被っており、〈剥き出しの事象〉をもたらしてくれるものなどではなく、あくまでもさまざまな〈解釈図式〉に則って行われるものであることを、繰り返し指摘していたのである(CPI, 5; 240)。とりわけ重要なのは、この解釈図式が個別主観的というよりはむしろ間主観的な性格を帯び、それを通して与えられる世界としての日常生活の世界がはじめから間主観的な〈文化〉の世界である、ということである。たとえばシュッツはこう述べている。「この世界が文化の世界であるのは、日常生活の世界がわれわれにとってはじめから意味の世界、意味の織物だからである。・・・・そしてこの意味の織物は──このことが文化の領域を自然の領域から区別することになるのだが──さまざまな人間の行為、われわれ自身やわれわれの仲間、同時代者、先行者など、他者たちの行為に起源をもち、それらの行為によって制度化されてきたものなのである」(CPI, 10)。シュッツは、それぞれの社会集団によって自明のものとして是認されている類型的解釈の枠組み、つまり、その社会集団の〈常識〉を、しばしば〈相対的に自然な世界観〉(die relativ natuerliche Weltanschauung)というシェーラーの概念を借りて言い表すが(CPII, 95)、彼によれば、われわれの日常生活の世界とは、それぞれの社会集団に固有の〈相対的に自然な世界観〉の枠組みを通して与えられる世界として、外集団の世界に対してあくまでも相対化されるような〈文化〉の世界にほかならないのである。

 これらのことを考えると、シュッツは、日常生活の世界をどう捉えるかに関して、御しがたい混乱に陥っていたように思われる。問題は、コミュニケーションの可能性に係わるのだが、この問題に対して彼が与えた解答は、共通の〈自然〉と共通の〈文化〉という互いに相容れない二つの契機だったのである。つまり、彼によれば、コミュニケーションが可能となるためには、その前提として、当事者たちにとって共通の物理的対象がそこになければならないのだが、同時に、当事者たちは、それぞれのメッセージを解釈する共通の解釈図式をも互いに所有していなければならないのである。これらのことが相容れないのは、そうした解釈図式によって読み解かれることで〈裸〉の物理的対象にそれを覆い隠す〈衣〉が被せられるからであり、それぞれの〈文化〉が〈自然〉を再構造化しその文化固有のものに改変させてしまうからである。

 ここで注目すべきなのは、シュッツがグルヴィッチ宛ての書簡のなかで、「〈仕事の世界〉と〈日常生活の世界〉という二つの概念はほとんど重なり合わない」と述べ、われわれが物理的な因果性に則って事物と関わり合うような〈仕事の世界〉とわれわれが他者たちとコミュニケーションを介して関わり合うような〈日常生活の世界〉との違いに気づきはじめたことである(BW, 352)。グルヴィッチ宛ての書簡に記されているように、そのことに彼が気づいたのが彼の論文「シンボル・現実・社会」の執筆中であったということは、きわめて示唆的である。というのも、この論文のなかで彼が主に論じようとしたのが、今ここで私にとって直接に現前しているものを介して直接に現前していないものが現前してくることを表すいわゆる〈間接呈示〉(appresentation)についてであったからである(CPI, 287-356)。ここからは見えないものや今は過ぎ去ってしまったもの、私ではない他者など〈今・ここ・私〉を超越するものはすべて間接呈示的にしか知られないが、シュッツによれば、われわれの経験が〈今・ここ・私〉に局限された貧弱さを免れるのはもっぱら間接呈示の働きのおかげであり、たとえば道筋を示す折られた枝など想起を促す目印(マーク)、火があることを示す煙など事物間の類型的な関係を予想させる指標(インディケーション)、表情や身振りや言葉など他者の思考を示す記号(サイン)、そして、国家を象徴する国旗など一段高次の間接呈示関係を示すシンボルといったものの働きがそこに含まれる。しかも、彼によれば、こうした間接呈示関係は孤立した個人によってではなくむしろその個人が属する社会集団によってあらかじめ画定されており、そしてこうした間接呈示関係の体系こそそれぞれの社会集団の〈相対的に自然な世界観〉を構成するものなのである。シュッツは、例の〈トマスの公理〉を引き合いに出しながら、「或る間接呈示関係が社会的に是認されるならば、そのとき間接呈示される対象、事実、出来事は・・・・この世界の一要素であると疑問の余地なく信じられる」と述べ(CPI, 348f.)、また別の箇所では、これらの間接呈示の働きがなければ日常生活の世界そのものも成り立ちはしなかっただろう、とさえ語っているが(SLII, 179)、これらのことを考えれば、日常生活の世界を〈仕事の世界〉という自然との直接的交渉の領野と見做すような考えが、もはや維持できないことは明らかであろう。しかし、シュッツは、そのことに十分気づいていたにもかかわらず、ついにこの問題を解決するには至らなかったのである。

 さて、ここで触れておきたいのは、間接呈示の働きのなかで独自の地位を占める〈シンボル〉についてである。すでに述べたように、他の間接呈示関係が日常生活の世界のなかでの〈内在的な超越〉に留まるのに対して、シンボルとは一段高次の間接呈示関係を表すものであり、シンボルによって間接呈示されるのは、他の間接呈示の働きとは異なり、日常生活の世界には属さない超越的(トランセンデント)な観念なのである(CPI, 331ff.)。たとえば〈友情〉は、われわれが日常生活の世界のなかで互いを気遣って行なうさまざまな遣り取りや贈り物などに解消されるわけではないが、それらを通してシンボリックに象徴されるものであるし、またたとえば〈政府〉にしても、われわれにとっては居丈高(いたけだか)に振る舞う役人や警官、給料から天引きされる税金などによってシンボリックに象徴されることで、はじめてその存在を認めうるのである。シュッツによれば、友人関係や敵味方といった個々の〈われわれ−関係〉、さらには政府や国家や民族といった社会的集合体や制度的関係は、シンボルによって間接呈示されなければその姿を現わしえないようなものである(CPI, 352ff.)。シュッツが〈社会〉の超越について語り、社会的世界が日常生活の世界を超越した別個の限定的意味領域を形づくる、と述べたのも、それがいわば〈種族のイドラ〉としての神話や宗教、科学やイデオロギーのシンボリズムによってしか捉えられないものだからである(CPI, 229)(12)

 ところで、ヴァイトクスも指摘しているように(13)、こうしたシンボル化は、それぞれの社会の成員による当該社会の〈自己理解〉の企てにほかならない。おそらくこうした自己理解の企てがなされるのは、われわれが、この日常生活の世界のなかにあって、実践的な問題解決の営みとしてのシュッツのいわゆる〈仕事〉に汲々としているだけでは事足りはしないからであろう。シュッツも、或る箇所でわれわれの〈根本的不安〉に言及していたが、この不安とは、われわれの死についての不安であるとともに、至高の現実としてのこの日常生活の世界そのものに纏わる死の影への不安、つまり、それがいつ瓦解するかもしれないという危うさと脆さを孕んでいることへの不安だとも云えよう(CPI, 228)。こうした不安は、今まで自明のものと見做されてきた日常生活の世界へのきわめて形而上学的な懐疑を駆り立てるが、それはこの日常生活の世界の枠内ではどうにも答えようのない懐疑である。そこで編み出されるのが、「日常生活の世界を超越しわれわれを不安にさせる現象を、日常生活のうちにある馴染みの現象と類似した仕方で把握するための道具立て」としてのシンボル体系であり、そうしたシンボル体系によって、この日常生活の世界への形而上学的な懐疑はきわめて巧妙に封じ込められることになるのである(CPI, 331)(14)

 しかし、日常生活の世界についてのそれぞれの社会集団による自己理解としてのこれらのシンボル体系は、その社会集団の〈常識〉、つまり、〈相対的に自然な世界観〉の主要な一契機をなしているのである。だとすれば、そのことから、とりわけコミュニケーションに関わるきわめて厄介な問題が生じはしないだろうか。たとえばヴァイトクスは、「超越的なものの領域に入り込んでいるときには、われわれは盲(めし)いておりまた目隠しされているために、われわれは自らの感覚知覚によって、仲間の証言を確認することもできない」(CPII, 153)というシュッツの言葉を引用しながら、こう語っていた。「日常的な生活世界についてのわれわれの共通の知識やわれわれ−関係の直接性は、シンボルによって表される他者の超越的な観念を理解しようとするわれわれの試みの助けにはならない。シュッツにとって、他者の超越的な観念の理解、つまり、シンボル的間主観性は、結局のところ、サンタヤーナが語る意味での〈動物的信〉(animal faith)に支えられているように思われる」(15)。彼は、こう語りつつ、コミュニケーションによって織りなされるわれわれの日常生活の世界が可能となるためには、何よりも人格的な〈信用態度〉(fiduciary attitude)がその前提となる、と述べるに至る。それは、「他者をすすんで信じようとする一定の〈まえもっての傾性〉ないし〈準備体勢〉」(a certain "predisposition" or "readiness" to be open to believing in others)にほかならないが(16)、彼がこうした〈信用態度〉をわれわれのコミュニケーションの前提として持ち出さざるをえないのは、いわば検証不能な〈超越的なもの〉がわれわれの社会的世界の不可欠の契機をなしているからであり、確かめられないものがそこにある以上、われわれが他者たちの語ることをそのまま信じてそれを鵜呑みにしなければ、コミュニケーションそのものが成り立ちはしないからなのである(17)。皮肉なことに、われわれが互いにコミュニケーションを行なうことができるのは、われわれ相互の動物的信がそこにあるからにすぎず、われわれのコミュニケーションとそれによって成り立つ日常生活の世界は、この〈動物的信〉というきわめて危うい基盤の上にかろうじて成り立っているのである。ヴァイトクスもこう述べている。「信用態度そのものにおいて、私は他者との間主観的理解に実際到達できるとは完全に確信することができない。まさにこうした理由から、私はつねにそして第一次的に他者への根本的な信頼に依拠しなければならないのである」(18)

 

3.われらがドン・キホーテ

 唐突だが、話はいきなりシュッツの「ドン・キホーテと現実の問題」に飛ぶ。知覚と想像、現実と非現実の絡まり合いについての話ということになれば、われらがドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャに是非とも登場願わねばならないというわけである。──しかし、シュッツのドン・キホーテ論をここで取り上げるもう一つの理由は、われわれのコミュニケーションとそれによって成り立つ日常生活の世界が究極的にはわれわれ相互の〈動物的信〉に基づいている、という考えが、実はヴァイトクスというよりは、むしろシュッツがこの論文のなかで至りついた結論だったからである。

 さて、彼がこの論文のなかで問うのは、ドン・キホーテの騎士道の世界が、床屋や僧侶や家政婦や姪といった人々が自明のものと見做す日常生活の世界とは両立不可能であるにもかかわらず、なぜドン・キホーテは自らの想像の世界を現実と見做すことができたのか、という問いである。しかし、この問いに続けて彼はさらに、ドン・キホーテの世界が騎士物語によっては解き明かせない空隙を孕むのと同様に、われわれサンチョ・パンサがそのなかで生きているこの至高の現実も見かけほど堅固な一枚岩ではなく、われわれの常識によっては埋め尽くせないさまざまな空隙に満ちていると述べ、それでもなおわれわれがこの現実を信じることができるのはなぜなのか、とも問い掛けているのである(CPII, 136f.)。つまり、シュッツの問いは、その想像の世界を現実と見做そうとするドン・キホーテの破天荒な企てへの問いに留まらず、同時に、この日常生活の世界を現実と信じて憚らないわれわれの営みへの問い掛けでもあったのである。

 ドン・キホーテにしても、何の根拠もなく騎士道の世界を現実と見做したわけではない。彼が申し立てるのは、幾多の書物に書かれている遍歴騎士たちの冒険談は、その出版にはお上の許しが得られている以上嘘偽りであるはずはなく、歴史書にさえ騎士たちの武勲が史実として書き込まれているではないか、また巨人の存在にしても、巨大な脛骨や肩甲骨の発掘が報じられており、真実の書である聖書にしてもゴリアデのような巨人の存在を認めているではないか、ということである。これに対しては、われわれもまた、彼と同じような文献や発掘資料を論拠としうるだけであろう(CPII, 137)(19)。ところで、それらの書物から得られた神学的自然学の体系もまた、彼が現実に体験したと信じる荒唐無稽な出来事の存在を正当化するものである。たとえば瞬時に数千哩(マイル)を駆け抜ける魔法の舟であるはずの小舟に乗って船出するときも、岸に繋いでおいたロシナンテの嘶(いなな)きが聞こえると不審の念を漏らすサンチョに、ドン・キホーテは、地球や天体、昼夜平分線や黄道帯について何も知らぬ輩(やから)が何を言うか、と罵りの声を浴びせ、昼夜平分線を越えると虱はすべて死んでしまうという法則を持ち出して、その当否を確かめるよう彼に命じるのである。また、ドン・キホーテの奇行がいたく気に入った公爵夫妻の悪ふざけに乗せられて、彼らが木馬クラビレーニョに跨(またが)り遥か彼方の王国へ赴こうとするときも、彼らが空高く舞い上がり、矢よりも速く天駆けている、と口々に叫ぶ召し使いたちの声がまるで耳元で聞こえるようだ、と目隠しの布の下から呟くサンチョに、彼は、空中を飛翔するなどということはそもそも常軌を逸しているがゆえに考えられぬことが起こっても当然なのじゃ、と言い返し、召し使いたちが燃えた麻屑を鼻先にかざすと、その自然学的知識から彼は、空の第三層、稲妻と雷が生じる火の層に達したと断を下すのである(CPII, 150-154)。──これらのことから読み取られるのは、ドン・キホーテの神学的自然学にせよわれわれの科学にせよ、それらの意味領域がこの至高の現実と矛盾し合う際に試みられる〈検証〉というものの何ともいえぬ胡散臭さであり、現実に知覚されているものであっても、それが当人の依拠している解釈図式から食み出すものであるときには、いともたやすく黙殺され排除されてしまうということであろう。

 ところで、ドン・キホーテの騎士道の世界を成り立たせるうえで見過ごしてはならないのは、魔法使いたちが果たす役割である。彼の冒険談のなかでもっともよく知られたあの風車のくだりを思い出せばよい。槍を構え巨人目がけて突撃したはずのドン・キホーテが、風車の羽根車に槍を取られて落馬し呆然としているとき、彼が経験したことは、木と信じていたものが実は人であったというわれわれの錯覚の場合と何ら異なるところはない。しかし、ドン・キホーテは、風車を現実のものとして受け入れ自らの破産を認めるのではなく、魔法使いフレストンが最後の土壇場で現実の巨人を風車の姿に変えてしまった、と逆に言い張るのである。巨人を風車に、マンブリーノの兜を床屋の金盥(かなだらい)に、ドゥルシネーア姫を百姓娘に化身させる魔法使いたちは、ドン・キホーテにとってはいわばゼウス・エクス・マキーナであって、彼の騎士道の世界がこの至高の現実と衝突し合う際にはつねに現れるのだが、シュッツによれば、魔法使いたちの役割とは、騎士道の世界と至高の現実という二つの意味領域の解釈図式を相互に変換させ、両立不可能であるはずのそれらの意味領域を共存させることにほかならず、ドン・キホーテの騎士道の世界がその現実のアクセントを保持できるのも、まさにこの解釈図式の自在な変換のおかげなのである(CPI, 236f.; CPII, 139ff.)。

 さて、ドン・キホーテを論じるに当たって、シュッツが何よりも関心を寄せるのは、云うまでもなく、コミュニケーションの可能性の問題である。彼はこう述べている。「社会的世界とわれわれの関係は、同一の対象はわれわれ自身と実質的には同一の仕方でわれわれの仲間によっても経験される・・・・という想定に基づいている。世界の間主観的経験は実質的には同一であるというこの信念が仮に崩壊すれば、われわれが仲間とコミュニケーションを確立する可能性そのものが破壊されてしまう。こうした危機的状況においては、われわれはそれぞれその独我論的牢獄という突き破れない貝殻のなかに閉じ込められ、われわれと他者たちが互いに、そしてわれわれがわれわれ自身に対して単なる幻影となるような牢獄のなかで生きていると確信するようになる」(CPII, 143)。彼が語っているのは、すでに述べてきたことからも知られるように、われわれの間に共通の世界があること、世界を解釈する共通の解釈図式があることによってこそ、はじめてコミュニケーションの可能性が拓かれ、われわれは独我論的牢獄から逃れ出ることができる、ということにほかならない。──このことは、ドン・キホーテの場合にはどうであろうか。彼を気違い扱いする床屋や僧侶や家政婦や姪はもちろんとして、彼に騎士の爵位を授ける宿屋の亭主や例の公爵夫妻にしても、冗談や遊びで彼と口裏を合わせているにすぎず、ドン・キホーテがそれを信じていたとしても、彼らとの間に共通の言説の宇宙が成り立つはずもない。ただ彼の忠実な僕サンチョ・パンサとの間にだけは、危ういながらも共通の言説の宇宙がかろうじて築き上げられるのである。主人の正気を疑いつつも、当時の〈常識〉からして魔法の存在を否定し切れないサンチョは、ドン・キホーテにはマンブリーノの兜に見えるものが自分にはただの金盥にしか見えないのは、あるいは魔法のせいかもしれない、と思いはじめ、騎士ではないおまえには物事の真相が見えも聞こえもしないのじゃ、とのドン・キホーテの言葉に真顔で聞き入るようになる。──三人の百姓娘が驢馬に跨ってやってきたときの話を思い出してみてもよいかもしれない。そのときサンチョは、ドゥルシネーア姫が二人の侍女を連れ馬車に乗っておいでになる、とドン・キホーテに偽りを告げるのだが、ドン・キホーテには三人の百姓娘しか見ることができない。しかし、ドン・キホーテは、魔法使いが彼の目に霞(かすみ)をかけ姫が百姓娘にしか見えなくさせてしまい、また姫の目には彼が気味の悪い妖怪に映るようにさせたのではないか、との疑いを抱く。一方サンチョはといえば、おまえに百姓娘と見えたのは実は本物の姫であってそれは魔法使いが仕組んだことなのだ、おまえは主人を欺いたと思っているようだが欺かれたのは実は人の好いおまえの方なのだ、という公爵夫人の言葉に、あるいはそうかもしれないと思い至るようになるのである(CPII, 143f.; 147ff.)。──ドン・キホーテとサンチョの間に共通の言説の宇宙が成り立つのは、およそこのようにしてである。しかしそれは、魔法や虚言によってかろうじて成り立っている世界であって、些細なきっかけによって崩れかねないものである。そうした出来事が起こるのは、木馬クラビレーニョによる飛行が木馬の爆発によって終わりを告げた後のことである(CPII, 153ff.)。しきりに冒険談をせがむ公爵夫妻にサンチョは、天界の山羊座に至り着きそこで七匹の仔山羊と遊び戯れた、と嘘八百を並べ立てる。その言葉に愕然としたドン・キホーテは、その当否を問い質す公爵に、身を焼き焦がしもせずに火の層を越えて山羊座に至り着くことなどあるはずもないのだから、サンチョは嘘をついているか夢を見ているかのいずれかでござろう、と答え、そしてサンチョの耳元でこう囁く。「おぬしが天上で見たことを拙者に信じてもらいたいならば、拙者もおぬしにモンテシーノスの洞窟で見たことを信じてもらいたいものじゃ。これ以上は何も申すまいて」。──モンテシーノスの洞窟で彼が見たのは、魔法の力でドゥルシネーア姫が百姓娘に変えられるさまであったのだが、それが現実の出来事だったのか夢のなかの出来事だったのか、彼にはもはや見極めがたくなっている。そのことを考えるなら、「汝を信じてもらいたいならばまず我を信じよ」というこのドン・キホーテのサンチョへの訴えは、ウナムーノが褒め称えるようなドン・キホーテのキリスト教的寛容を示すものなどではけっしてありえず(20)、むしろ彼の一種の破産宣言と見做されるべきものであろう。というのも、彼はこのときのサンチョの言葉をいささかも信じてはおらず、サンチョへの〈信〉が打ち砕かれるこの出来事によって、かえって自らが現実と信じていた騎士道の世界が彼の幻想にすぎなかったことを思い知らされるからである。こうして、サンチョや他の人々への〈不信〉が掻き立てられ、彼らとのコミュニケーションの可能性が断たれることによって、ついにドン・キホーテはその夢から醒めることになるのである。

 シュッツは、このくだりに触れながら、〈現実〉というものの間主観的弁証法についてのセルバンテスの洞察がその頂点を極めるのはまさにここにおいてである、と語り、「間主観的経験、コミュニケーション、何かを共有することは、究極的には他者の正直さを信じること・・・・つまり、サンタヤーナのいわゆる動物的信を前提とする」と述べている(CPII, 155)。シュッツによれば、ドン・キホーテがきわめて無残なかたちで知ったように、「現実というものについての他者の言葉を互いに信じ合うことだけが、相互のコミュニケーションを保証する」のであって(CPII, 156)、コミュニケーションを可能にするものとして彼が最後に持ち出すことになるのは、結局のところ、ドン・キホーテがサンチョに対してもはや失ってしまったもの、つまり、互いに相手の言葉を盲目的に信じ合うというあの〈動物的信〉にほかならないのである。

 ところで、夢から醒めたドン・キホーテは日常生活の世界への帰還者となるのだが、それは彼を完膚なきまでに打ち負かしたあの老練な常識が支配する世界である。シュッツは、この〈常識〉をこの日常生活の世界という牢獄のもっとも残酷な看守と呼び、この常識の解釈図式から食み出すものは拒絶されるか隠蔽されるかのいずれかである、と語っていたが、この看守の責め苦に耐えねばならないのは、けっしてドン・キホーテだけではあるまい。たとえばシュッツは、このドン・キホーテ論の最後に、揶揄めいた口調でこう付け加えていた。「日常生活の世界はわれわれにまさに課せられているのであって・・・・他者たちの振る舞うように振る舞い、他者たちが疑問の余地なく信じていることを信じるならば、この世界に対処していきうるであろうという信念がわれわれの唯一の希望であり指導原理なのである」(CPII, 157)。彼が語ろうとしているのは、この日常生活の世界のなかで生きながらえるためには、ひたすら盲目的に他者たちが信じることを信じ、他者たちを猿真似のように真似て振る舞わねばならない、ということである。ここに見出されるのは、またしてもあの「裸の王様」の世界である。つまりわれわれは、永井均に倣って云えば、「王様は裸だ」などと叫んだりしてはならないような〈醒めることを禁じられた夢〉のなかで生きているのである。──パスカルはわれわれの〈正気〉を〈もう一つの狂気〉(un autre tour de folie)と呼んでいたが(21)、シュッツも、そのドン・キホーテ論を締めくくるに当たって、こう語っていた。「サンソン・カラスコは、ドン・キホーテの碑に、狂人として世を送りしが正気に戻って身罷(みまか)れり、と刻んでいる。だが、正気と狂気の意味は、こうした尺度がそのなかでしか通用しない下位宇宙に左右されるのではなかろうか。われわれの下位宇宙のすべてを包括する宇宙全体においては、はたして何が狂気で、何が正気なのだろうか。〈もはやわれわれは万事神様におすがり申すしかない・・・・〉とサンチョも語っていたのである」(CPII, 157f.)。


(1) アンデルセン「皇帝の新しい着物」、『アンデルセン童話集(一)』、大畑末吉訳、岩波文庫、一九八四、一五七頁以下。

(2) 永井均「醒めることを禁じられた夢」、『〈魂〉に対する態度』、勁草書房、一九九一、一三五頁以下を参照。彼はこの論文のなかで、「裸の王様」を引き合いに出しながら、この現実というものを、醒めることができない夢、ないし、醒めることを禁じられた夢として語りつつ、夢や虚構と現実との区別を問い質(ただ)していた。

(3) B. Waldenfels, In den Netzen der Lebenswelt, Frankfurt a. M., Suhrkamp, 1985, S.226; S.231.

(4) W.I.Thomas, The Child in America──Behavior Problems and Programs, New York, p.572.

(5) J. -P. Sartre, L'imaginaire, Paris, Gallimard, 1986, p.13; pp.351ff.

(6) R. D. Laing, Self and Others, London, Tavistock, 1977, pp.22-25.

(7) R. D. Laing, The Politics of Experience and The Bird of Paradise, London, Penguin Books, 1990, p.66.
 レインのこうした議論に関しては、魚住洋一「そして誰も居なくなった──コギト・エルゴ・スムの彼方へ」、新田義弘他編『岩波講座・現代思想14 近代/反近代』、岩波書店、一九九四、九一頁以下を参照されたい。

(8) J. -P. Sartre, op. cit., p.284.

(9) シュッツのテクストからの引用については、略号を用い、頁数とともに本文中の括弧内に表示する。

CPI : A. Schutz, Collected Papers I, Phaenomenologica Bd.11, den Haag, Nijhoff, 1962.
CPII : A. Schutz, Collected Papers II, Phaenomenologica Bd.15, den Haag, Nijhoff, 1964,
SLI : A. Schutz / Th. Luckmann, Strukturen der Lebenswelt, Bd.1, Frankfurt a.M., Suhrkamp, 1979.
SLII : A. Schutz / Th. Luckmann, Strukturen der Lebenswelt, Bd.2, Frankfurt a.M., Suhrkamp, 1984.
BW : R. Grathoff (Hrsg.), Alfred Schutz-Aron Gurwitsch Briefwechsel 1939-1959, Uebergaenge, Bd.4, Muenchen, Fink, 1985.

(10) W. James, The Principles of Psychology, Vol.2, Cambridge, Harvard University Press, 1981, pp.918f.

(11) シュッツが日常生活の世界の〈物質的基盤〉に固執しようとしたのは、フッサールからの影響がおおいに与ってのことであると思われる。フッサールは狭義の〈生活世界〉を感性的知覚の世界と同一視するのだが、デリダも指摘しているように、こうした純粋な知覚の世界は一種の理念的抽象、〈文化の還元〉の所産にすぎない。デリダによれば、フッサールが考えるように、相異なるさまざまな文化的上部構造を基づけている同一の自然をわれわれが眼前にしうるとすれば、そうした純粋な自然は、言語の相違を超えた伝達の一次的基礎とあらゆる誤解を仲裁する最終審をわれわれに提供してくれることになろうが、こうした文化−以前の自然はつねに文化のうちに埋没し、接近不可能であるがゆえに、われわれは非−伝達と誤解の可能性から逃れ去ることはついにできないのである。このことについては、E・フッサール/J・デリダ序説『幾何学の起源』、田島節夫他訳、青土社、一九七六年、一一五頁以下を参照。

(12) しかし、シュッツにおいては、〈至高の現実〉としての日常生活の世界とそれを超越した〈社会的世界〉とが、一方では歴然と区別されるにもかかわらず、他方では微妙に重ね合わせられることになる。たとえば丸山徳次は、次のように指摘している。「社会的世界としての日常生活世界は、至高の現実に基づけられながら、〈理念的諸関係の下位宇宙〉を含んでいる。それがなおも日常生活世界であるのは、当の社会的世界においては一定の理念的諸関係がまさに・・・・〈相対的に自然な世界観〉の一部を成しているからである」。このことについては、丸山徳次「日常の彼岸と此岸」、現象学・解釈学研究会編『現象学と解釈学(下)』、世界書院、一九八八、二一九頁を参照。

(13) S. Vaitkus, How is Society Possible?, Phaenomenologica Bd.118, Dordrecht, Kluwer, 1991, pp.106f.

(14) シュッツのいわゆる〈自然的態度のエポケー〉もこうした文脈で理解しなければならない。周知のように、彼は、この世界への存在信憑を停止しようとするフッサールの〈現象学的エポケー〉の可能性を疑問視し、逆にわれわれは日常性のなかでこの世界の存在への〈信憑〉をではなく、むしろこの世界の存在への〈疑念〉をつねに停止しているのだとして、〈現象学的エポケー〉ならぬ〈自然的態度のエポケー〉を唱えたのだが、このエポケーにしてもわれわれのシンボリックな世界理解の企てを前提していると云うべきであって、むしろそれは、われわれが自らの〈死〉を隠蔽し、この日常生活の世界の揺るぎなさを自己自身に納得させようとする〈常識〉のしたたかな狡知の産物と見做すべきではなかろうか。このことについては、丸山徳次、前掲書、二一六頁以下を参照。

(15) S. Vaitkus, op. cit., p.111.

(16) ibid., p.163.

(17) ヴァイトクスによれば、われわれが相手を騙すことができるのも、われわれの間に最小限の信用態度が互いに取りつけられているからであって、〈騙す〉ことそのものが〈信じる〉ことを前提とし、信用態度の破棄に通じる騙しの可能性そのものが信用態度に基づいているのである。

(18) ibid., p.164.
 ヴァイトクスによれば、実践的な問題解決の営みとしてのシュッツのいわゆる〈仕事〉でさえ、この信用態度を前提としている。たとえば誰かとともに何らかの実践的行為を行なう場合、相手が何をどのように行なおうとしているのかという相手の実践的な遣り口だけではなく、相手は協力的か敵対的か、悪意があるかないか、真面目か不真面目か、といったそれに取り組む際の相手の信用態度によって、われわれのそれへの取り組みかたはおおいに左右される。また彼によれば、さまざまな儀礼や作法、またそれに伴う媚び、嫌み、からかいなどは実践的行為には不可欠の〈社会化する〉層を構成しているが、それらは信用態度の基盤からしか理解することができないのである。彼は、このように述べたのに続いて、「信用態度は、日常生活の実践的態度の基盤をなし、しかも実践的態度と分かちがたく結びついている社会的世界の際立った特徴にほかならない」とも語っている。 Cf. ibid., pp.166f.

(19) いささか文脈が異なるが、オルテガがドン・キホーテの〈風車小屋〉について述べていたことを思い出すべきかもしれない。彼によれば、屹立するクリプターナの粉引き風車を前にしたドン・キホーテが、襲来してくる巨人をそこに見るとき、彼は明らかに狂気に囚われているのだが、ドン・キホーテを狂人と見做すことで問題が解決するわけではない。というのも、そもそも〈巨人〉というものはドン・キホーテがはじめてでっち上げたものではなく、代々語り継がれてきたものであるし、かつては〈正気〉のうちに語られていたものだからである。だとすれば、かつての人々は、どこから巨人などというものを引き出してきたのか。オルテガによれば、人々が巨人のことを思いついたときというものは、このセルバンテス的情景と何ら変わるところがないのである。そう述べた彼は、〈文化〉とは、一つの幻想であり、大地の上にかかる蜃気楼である、と語るに至る。このことについては、オルテガ・イ・ガセット『ドン・キホーテをめぐる思索』、佐々木考訳、未来社、一九八七年、一七一頁以下を参照。

(20) M・ウナムーノ『ドン・キホーテとサンチョの生涯』、ウナムーノ著作集2、A・マタイス/佐々木考訳、法政大学出版局、一九七二、二三八頁以下。

(21) パスカルはこう述べている。「人間が狂気じみていることは必然的なので、狂気じみていないこともまたもう一つの狂気の傾向から云えば、やはり狂気じみていることになる」。 cf. B. Pascal, Pensees, Paris, Garnier, 1991, p.162.


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