仮面舞踏会のなかの〈私〉

  ──サルトルと『聖ジュネ』をめぐって

魚住洋一 


1.

 ジャン・ジュネの戯曲『女中たち』は、或る奥方と二人の女中たちの話である。奥方を羨むとともに憎んでもいるこの二人は、奥方が留守をするたびに、一人が奥方の衣装を身に纏って奥方になりすまし、もう一人の女中を相手に〈奥方と女中ごっこ〉を演じている。或るとき、この二人は奥方の情人を窃盗の件で警察に密告するが、証拠不十分で情人は放免され、密告が発覚しそうになる。そのため彼女たちは奥方を殺そうとするが果たせず、結局、女中の一人が、奥方の役を演じながら、奥方に飲ませるはずの毒を飲んで自殺する顛末となる(1)

 この戯曲は、サルトルが『聖ジュネ』のなかで述べていたように(SG, 675ff.) (2)、現実を仮象(apparence)に変貌させる回転装置(tourniquet)が随所に仕掛けられ、それを観るものの目を戸惑わせる。ジュネがこの戯曲を男のみによって演じさせるよう注文をつけたこともその一つである。しかし、そのことだけから、この戯曲は実は男色者の愛憎の劇なのだと決めつけるのは、いささか早計であろう。というのも、女を演じるのが贋の女である男たちだとしても、この男たちは、男色者として、贋の男にすぎないからである。贋の女である贋の男たちをまえにして、それを観るものは、本物など何もない贋物の世界に引き入れられてしまうのだ。

 さて、現実を仮象に変貌させるそうした回転装置は、この二人の姉妹の女中、ソランジュとクレールの台詞や仕草のなかにさらに巧妙に仕掛けられている。この二人は、奥方のまえではいかにも恭しく振る舞うが、それは贋の服従にすぎず、演技にすぎない。しかし、彼女たちが奥方の居ないところでは演技を止め自分自身に戻るかというと、今度はクレールが奥方となりソランジュがクレールとなって、例の〈奥方と女中ごっこ〉をやりだす始末なのである。彼女たちの本当の姿などどこにもないのであり、すべてがまやかしの作りごとなのだ。たとえば、奥方を演じるクレールはクレールを演じるソランジュをさんざんに罵り辱め、ついには堪忍袋の緒を切ったソランジュがクレールを絞め殺そうとするまでになる。「私に触るのはおよし。おまえは獣みたいな臭いがする。夜、下男たちがおまえのところに忍んでくるどこかの臭い屋根裏部屋から、おまえはそんな臭いを仕込んできたのね」と、クレールは奥方の本音をソランジュに投げつける(3)。しかし、それが、心の底では彼女たちをトイレのビデほどにしか思っていないはずの奥方の本音だとしても、慈悲深い主人を装う奥方は実際にはそんなことをけっして口にはしない。それが口にされるのは、〈奥方と女中ごっこ〉のクレールのソランジュに向けての台詞としてのみであり、しかも、ソランジュが演じているのは当のクレールなのである。だとすれば、誰が誰を罵っているのか、奥方が女中たちをなのか、クレールがソランジュをなのか、クレールが自分自身をなのか、訳が分からなくなってしまう。この劇中劇のなかでは、いわば鏡に鏡を映し出すときのように、すべては夥しい虚像の群れのなかに掻き消えてしまうのだ。

 演技ではなく、したがって、仮象ではないものなど何もありはしない。二人の女中だけではなく奥方でさえ仮象である。『精神現象学』の「主人と奴隷」のくだりを引き合いに出すまでもなく、主人が主人であるのは奴隷が彼を主人として崇めるかぎりでのことであり、主人は奴隷の奴隷にすぎない。この奥方が主人であるのは、彼女を主人として立ててくれる二人の女中、しかも、彼女の居ないところでは彼女の殺害劇を演じさえする女中のまえだけなのである。この奥方が贋の主人であることは、彼女がその情人のまえでは一匹の牝になり、情人の奴隷となってしまうということでも分かる。彼女は「あの人が流刑の身になれば流刑地までも付いて行くわ」とも言うが、その台詞もどうも胡散臭く、その台詞は奥方を演じるクレールが語ったときのほうが真実味を増す。問題は、ジュネが語っているように(4)、彼女が、二人の女中とは違って、情人の情婦にせよ奥方にせよ、自分が役を演じているということが分かっていないということなのだ。贋の奥方のほうが本物の奥方よりも奥方らしいのである。

 ジュネの戯曲では、現実は仮象に、さらに仮象は仮象の仮象に取って代わられる。ベルナール・ドルトが書いていたように(5)、ジュネの戯曲のなかではすべてが現実を裏切る。それは、「裏切る」というフランス語の‘trahir'の「欺く」と「秘密を暴く」という二重の意味においてのことである。しかし、ジュネの戯曲において、現実を欺く仮象が現実の秘密を暴いてくれるとしても、現実の背後にあるもっと現実らしい現実が暴き出されるわけではない。むしろ、ジュネが暴き立てようとするのは、このまやかしの現実の背後には何もないということである。ジュネが狙っているのは、仮象によってすべての現実を非現実化することであり、すべての現実を仮象の戯れに変貌させることなのである。

 私がここでジュネを取り上げたのは、彼について論じるためではない。むしろ私が論じたいのは、われわれの〈私〉のありかたについてであり、〈私〉の存在の仮象性についてである。たとえば、ソランジュとクレールは、その日常性のなかで、あるがままの〈私〉を手に入れることができるわけではない。彼女たちの〈私〉は、彼女たちが演じる演技によってかろうじて作り上げられるにすぎないのである。サルトルが語っていたように(SG, 683)、女中のありかたとは、主人のまえでの女中としての演技によって本当の〈私〉を覆い隠すことであるが、主人が居ないところでも、その本当の〈私〉が姿を現わすわけではなく、そのときには女中は主人であろうと演技するのである。しかし、トイレのビデのような卑しい存在である女中にとって、その卑しい存在をそのまま受け入れることなどできるはずもなく、彼女たちが本当の〈私〉になるためには、主人になるか、あるいは、惨めな自分の姿を誰か他のものに押しつけて、それをさんざん罵るしか手はないのである。彼女たちの〈私〉は、そうした演技が浮かび上がらせる仮象のなかにかろうじてその姿を現わすにすぎないのだ。

 しかし、〈私〉が演技によって装われた仮面だとしても、それは、まっとうな連中ではない泥棒や男色者や黒人や女中が主人公となるジュネの小説や戯曲のなかだけのことではないのか、という疑いが起こるかもしれない。ここで、R・D・レインがアンナ・フロイトを引用しながら言及している〈自分自身である〉ふりをする坊やの例を引き合いに出すことは無駄ではあるまい(6)。この三歳の坊やの部屋には四つの椅子があり、彼は、それぞれの椅子に座ってはお芝居をして、アマゾン川を遡る探検家になったり、雄叫びを上げるライオンになったり、大海に船出する船長になったりするのだが、第四の子供用の椅子に座ると、今度は自分自身であるただの坊やのお芝居をしはじめるのだ。この坊やは、いわばマイナスにマイナスを乗ずればプラスに転じるように、第一の仮面の上に第二の仮面を被ることによって、自分ではないふりをしていた自分からあるがままの自分に戻ろうとするのである。ところで、自分自身であるただの坊やのふりをうまくやり遂げることができたこの坊やは、両親や周りの人々に助長されて、ただの坊やのふりをするのがますます巧みになり、ついには自分がふりをしているのさえ忘れてしまい、ただの坊やになりきってしまう。しかし、だからといって、彼があるがままの自分に戻ったという大団円で終わるわけではない。結局この坊やは、年を経るにつれて、そのつど、あるがままの自分であるはずの真面目な学生や勤勉な勤め人、実直な夫や厳格な父親といった役柄を、知らず知らず演じつづけていく羽目に陥ってしまうのである。

 ところで、レインも指摘しているように、あるがままの私であることと私であるふりをすることが見紛がうほど似かよっているとしても、この二つはけっして同じではありえない。してみれば、この坊やがふりをしているのを忘れ、ただの坊やになったということは、むしろ逆に、彼があるがままの自分ではなくなってしまったということである。いわば仮面が顔となり、レインのいわゆる〈ニセ自己〉(false-self)が〈自己〉に取って代わってしまったのだ。この坊やは、もはや仮面を外すことはできない。なぜなら、彼の仮面を剥がせば、その仮面の裡はのっぺらぼうでしかないからである。彼もまた、事情は異なるにせよ、『女中たち』のソランジュやクレールとそれほど隔たったところに居るわけではないのである。

 しかし、この坊やとは誰だろうか。それは、このわれわれのことではないのか。サルトルは、「〈私は私である〉というこの分かり切った言葉を口にすることが許されているものなど誰も居ない」(SG, 100) と語っていたが、自分自身であるふりをしているだけのこの坊やとは違って、〈私は私である〉と大見栄を切れるものがはたして居るだろうか。


2.

 私が言いたいのは、われわれは皆演技しているだけではないのか、というただそれだけのことである。しかし、私の考えでは、この演技はしてもしなくても済むようなものではけっしてない。むしろこの演技は、われわれの〈私〉のありかたに根差しており、〈私〉のありかたそのものから必然的に帰結するものであるように思われるのである。このことの手掛かりを得るために、私は、ジュネやレインときわめて繋がりの深いサルトルを取り上げてみたいと思う。

 特に私の関心を牽くのは、『存在と無』や『聖ジュネ』において語られている〈私〉の成り立ちについてである(7)。鍵穴からの覗きを見咎められた男の挿話(EN, 317ff.)や幼い頃のジュネが盗みの現場を取り押さえられた事件(SG, 26ff.) などについてのサルトルの分析は、〈私〉の存在の位相がどこにあるのかを見定めるうえできわめて示唆に富んだものである。

 ──引き出しのなかの財布に手を伸ばしかけていた少年が、ふと身を硬直させる。誰かが部屋のなかに入ってきて、彼を眺めていたのだ。そのとき、「目も眩む言葉(un mot vertigineux)が世界の底からやってきて」、公然と宣告する、「おまえは泥棒だ」と。この言葉は反駁を許さない圧倒的な力をもって彼を名指しする。この言葉とともに、それまでは何者でもなかった少年ジュネが、まさしく泥棒として誕生することになるのだ。それがジュネにとって「目も眩む言葉」であるのは、それが、森羅万象に存在を与えるエホバの言葉にも似て、彼にはじめて存在を与える言葉であるからにほかならない。

 悪癖に唆されて、鍵穴から女の部屋を覗いていた私が、不意に廊下に響く足音を耳にしたとすれば、そのときにもまた、ジュネの事件がささやかに再現されることになる。誰かがそこに居た、誰かに見られてしまった。そのとき、今までは感じもしなかった疚しさや卑しさの感情が一挙に噴き出し、今まではいわば鍵穴そのものと化してまるで不在であるかに思われていた私の存在が一挙に剥き出しにされるのである。──サルトルは、「私は、他者によってしか自己自身にとっても存在できないような対自存在である」と語っていたが(EN, 293)、この二つの例が物語っているのは、〈私〉の存在が他者によってはじめて成り立つということである。なぜなら、他者は、いわば夢遊病者のように振る舞っていた私を突然目覚めさせ、私のまえに私自身を突きつけるのであり、他者の眼差しと名指しによってはじめて、それまでは何者でもなかった私が、何者かとなって、忽然と姿を現わすことになるからである。たとえば、私が覗きや自慰に耽ろうと、あるいは盗みを働こうと、それらが一人きりでなされるなら、それらは存在しないに等しく、私は何者でもない。サルトルが語っているように、存在するとは、ひとに見られるということなのだ(SG, 24)。いわば、ジュネは彼の掻っ払いの行為によって泥棒になったのではなく、「おまえは泥棒だ」という言葉によって泥棒になったのである。他者とは、まるで神のように、私に存在を与えるものなのである。ジュネの『女中たち』のなかで、奥方に扮したソランジュが語っていた言葉が思い出される。「私、私だけのおかげなんだよ、女中なんかがそこにそうして居られるのは。私のわめき声や私の仕草があればこそなんだよ。……私がちょっとその気になれば、おまえなんかこの世から居なくなってしまうのだからね」(8)

 しかし、私は少し先走りすぎたようである。私のものであるはずの〈私〉がなぜ他者を媒介としなければならないのか。そのことを考えるためには、話がいささか横道に逸れるが、対自存在と対他存在を巡るサルトルの議論に立ち返らなければならない。

 ここでまず思い出したいのは、「私は私があるところのものではない」(Je ne suis pas ce que je suis.)というサルトルのお馴染みの言葉である。このように語ることは、自明であるはずの「私は私である」という言葉に逆らって、「私は私でない」と唱えるに等しい。なぜサルトルはこのようなことをあえて唱えたのだろうか。それは、自己自身にとってあるというわれわれの意識の対自的なありかたを、彼が積極的に把握しようとしたからにほかならない。自己自身にとってあるというサルトルのいわゆる〈自己への現前〉(presence a soi)が可能であるためには、われわれはわれわれ自身から距離を取らねばならず、われわれ自身から逃れ出ていなければならない。というのも、この自己への現前は、われわれのわれわれ自身との潜在的な隔たりを前提しているからである(EN, 118ff.)。してみると、われわれの意識の自己への現前が可能であるのは、ひとえにわれわれの意識の〈脱自〉(ek-stase)あるいは〈自己からの離脱〉(echappement a soi)というありかたのおかげだということになる。しかし、このことの帰結はきわめて矛盾を孕んだものである。というのも、われわれがつねにわれわれ自身から摩り抜けてしまう以上、自己同一的な〈私〉の存在など成り立たないことになってしまうからである。つまり、「私は私でない」わけであって、だからこそ、サルトルは『自我の超越』以来、〈私〉の虚妄性をたえず主張しつづけたのである。彼によれば、われわれが「私は私である」と思い込むのは、不純な反省のせいであって、非反省的な自己意識においては存在しなかった〈私〉(モア)ないし〈自我〉(エゴ)という疑似対象をわれわれが反省によってでっち上げ、われわれの意識の対自存在としてのありかたを、モノのような即自存在に摩り替えてしまった結果だとされるのである(TE, 23ff.; EN, 147ff.)。しかし、彼がこう考えたのは、〈私〉の成り立ちへの他者の介入を度外視していたからにすぎない。というのも、サルトルも暗に認めざるをえなかったように、反省における〈私〉の成立に先立って、他者の眼差しが、非反省的な自己意識そのもののなかに〈私〉を否応なしに持ち込んでくるからである(EN, 318)。たとえば、鍵穴を覗き込んでいる私が〈私〉を意識するのは、反省によってではなく、私を凝視する誰かの眼差しによってである。だとすれば、〈私〉が疑似対象であろうがなかろうが、私は〈私〉を他者によって突きつけられるのであり、「私は私でない」から「私は私である」への目眩めく変貌を私になし遂げさせるものは、まさに他者なのである。サルトルの思惑とは違って、〈私〉とは、他者によってはじめて成り立つものであり、私の反省は、たかだかそれを追認するだけなのである。

 しかし、私からつねに摩り抜けていく私に、他者が〈私〉を突きつけるとしても、それはどのような〈私〉なのだろうか。サルトルによれば、それは、私でありながらも私のものではなく、私が生きてはいるが私が知ることができないような私である。というのも、それは他者の眼差しに晒された私として、他者に委ねられてしまった私であり、他者が私をどう見ようとも、それに私は何の手出しもできはしないからである。他者は裸形の私を嘗め回すように眺め、私を意のままに掴み取り、玩ぶ。このとき他者は、私とは誰なのかという私の秘密さえ手に入れてしまう。つまり、私とは誰なのかを一番よく知っているはずの私は、それを他者に尋ねなければならない羽目に陥ってしまうのである(EN, 319; 431)。──ここにあるのは、まさに他者による私の強奪であり、サルトルのいわゆる私の〈他有化〉(alienation)である。たとえばサルトルの戯曲『出口なし』には、「私にはあなたがよく見えるのよ。すっかりね。私に聞いてご覧。こんなによく映る鏡はないわよ」と語るイネスに、「私が微笑むと、その微笑みはあなたの瞳の奥に吸い込まれてしまって、それからどうなるか分からないわ」とエステルが答える場面がある(HC, 46ff.) 。イネスの眼差しの虜となったエステルは、いわば彼女の手の届かないところに連れ去られてしまうのである。しかし、それが他者による〈私〉の強奪であるのはたしかだとしても、そう決めつけて事が済むわけではない。なぜなら、「他者は、私にとって、私から存在を盗んだものであると同時に、私という一つの存在を〈そこに存在する〉ようにさせてくれたものでもある」というサルトルの言葉がいみじくも語っているように(EN, 431) 、他者による私からの存在の強奪は、他者による私への存在の贈与と表裏一体の事柄だからである。「私は私でない」から「私は私である」への変貌を私になし遂げさせるのが、私ではなく他者だということを思い出したい。つまり、私は私を他者に奪われるのだが、しかし、私は私を他者に奪われることによってしか存在することができないのである。皮肉なことに、私が存在するためには、私は私を他者に奪われなければならないのである。

 さてこうなると、事態はきわめて紛糾してくる。他者による私への存在の贈与が、同時に、私からの存在の強奪であるという逆説は、いわば私を出口のない袋小路に追い込んでしまうのだ。なぜなら、他者によって私が私に与えられることがたしかだとしても、この私とは、他者によって掴み取られ玩ばれるような他有化された私にすぎないからである。つまり、つねに私自身から摩り抜けていき、けっして自らの力では存在を手にすることができない私のまえに他者が現われ、これこそオマエだと〈私〉を見せつけるのだが、これで私が私を手に入れることができるかというと、そうは問屋が卸さず、私は、疑似餌に掛かった魚のように、たちまち他者の手中に絡め取られてしまうのである。してみれば、私には、私自身から摩り抜ける力をふたたび振り絞って、他者のものとなった私から何とか逃れ出るしか道はなくなってしまう。しかし、それがうまくいったとしても、私は一つの悪循環に巻き込まれてしまうだけではなかろうか。

 ここで思い出したいのは、サルトルが、先に引用した「私は私があるところのものであらぬ」という言葉に続けて、さらに「私は私があらぬところのものである」(Je suis ce que je ne suis pas.)と語っていたことである。尻取り遊びのようなこの二つの言葉は、通常、私の時間的なありかたの逆説として理解されている。しかし、むしろそれは、私の対自存在と対他存在との循環という文脈から解釈できるのではなかろうか。つまり、前者の言葉が私の〈脱自〉の表現だとすれば、後者の言葉は私の〈他有化〉の表現であり、それらが対になって言い表しているのは、その対自的なありかたゆえに、私である私から逃れ去る私が、その対他的なありかたゆえに、私でない私に絡め取られてしまい、さらにその対自的なありかたゆえに、その私でない私からも逃れ去り……というかたちで繰り返される私の堂々巡りにほかならない。いわば私の存在は、「私は私である」と「私は私でない」の間で繰り返される際限のない送り返しの運動のなかでかろうじて成り立っているのすぎないのである。

 さて、サルトルの対自存在と対他存在についての議論から明らかになったことは、対自存在と対他存在の間に引き裂かれた〈私〉の存在の脆さであり、それは、レインの言葉を借りれば、私の存在の〈存在論的な不安定さ〉(ontological insecurity)であると言えよう。そうした存在の脆さをもつ私がいわば必然的に引き受けざるをえないのは、おそらくサルトルのいわゆる〈自己欺瞞〉(la mauvaise foi)というありかたであろう(EN, 85-111)。サルトルは、自己欺瞞を定義して、「私をして、〈あるところのものではあらぬ〉というありかたにおいて、私のあるところのものであるようにさせること、あるいは、〈あるところのものである〉というありかたにおいて、私のあるところのものであらぬようにさせること」であると語っている(EN, 106)。彼によれば、通常われわれは自らを騙し欺きながら生きているのであって、われわれの日常性はこうした自己欺瞞というありかたに彩られているのである。ところで、われわれが自己欺瞞に陥らざるをえないのは、われわれが「あるところのものではあらぬ」自らのありかたにも、「あらぬところのものである」自らのありかたにも耐えられないからである。つまり、われわれはわれわれが自己にとって〈何ものでもない〉ことに脅え、しかも、そのわれわれが他者にとっては〈何ものかである〉ことに戦(おのの)くのである。その結果、われわれは、〈何ものでもない〉と〈何ものかである〉の間で、つまり、対自存在と対他存在の間で、一方から他方へたえず逃げ回ることになる。それはまさに、「対自が対他から、対他が対自からたえず逃げ去る鬼ごっこ」にほかならない(EN, 97)。

 ところで、自己欺瞞が対自存在と対他存在の間の不断の送り返しの運動のなかで成り立つとすれば、この自己欺瞞の運動を成り立たせるものは、われわれの〈演技〉(jeu) ではなかろうか。というのも、「あるところのものではあらぬ」と「あらぬところのものである」の間に存するものは、存在と非存在の間に存するものである以上、〈仮象〉にほかならず、そうした仮象を現出させるものはわれわれの演技以外にはないからである。いわば、「私は私でない」と「私は私である」の間で宙釣りにされてしまった〈私〉を救う道は、「私であるふりをする」ことによって、〈私〉の宙釣りのありかたをそのまま受け入れることである。それが自己欺瞞であろうがなかろうが、それ以外に〈私〉を成り立たせる手立てはわれわれに残されてはいないはずである。──さて、ここでようやく私は、『女中たち』のなかのソランジュやクレールの〈私〉、あるいは、レインの自分であるふりをする坊やの〈私〉について、ふたたび語ることができるところにまで達したようである。たとえば、サルトルが自己欺瞞の傍証として挙げていたカフェのボーイの例は、ジュネやレインの例と底のどこかで繋がり合ったものである(EN, 98ff.) 。サルトルによれば、テーブルの間を巧みに摩り抜け、軽業師のように颯爽とお盆を運んでくるこのボーイは、まさにボーイであることを演じているのであって、彼はいわば自らの役柄を果たすためのダンスを踊っているのである。しかし、カフェのボーイだけではなく、八百屋や料理人や教師や役人にしたところで、事情は違わないはずである。われわれは、誰であろうと、自らの役柄に似つかわしいダンスを踊り、そのことによってそれぞれ〈私〉を何とか手に入れるのである。ところで、ボーイであるはずの私がボーイであることを演じなければならないのは、言うまでもなく、存在的(ontique)以前の存在論的(ontologique)な次元の問題として、私が私であることができないからである。私は私の役柄に似つかわしいダンスを踊ることによって、かろうじて想像上の〈私〉を目指すことができるだけである(EN, 100)。いわばわれわれは、仮面舞踏会(マスカレード)の乱痴気騒ぎのなかでしか、〈私〉であることができない。〈私〉とは、われわれの演技によってかろうじてその存在を保たれているだけの想像上の産物にすぎないのである。

 しかし、われわれの〈私〉がこうした演技や仮面から成り立っているとしても、通常われわれは、ジュネの『女中たち』の奥方がまさにそうであるように、演技を演技だと思ってもおらず、仮面を素顔と取り違えているのである。そうしたわれわれのありかたを、サルトルは〈くそ真面目な精神〉(l'esprit de serieux)という言葉でもって揶揄している(EN, 669)。〈くそ真面目な精神〉とは、いわば自らの演技や仮面を現実と見做し、仮象を実在と見做す態度のことであるが、われわれがそうした態度を取らざるをえないのは、おそらく、われわれが仮象の背後に広がる〈無〉に耐え切れず、〈実在〉の安らぎのなかに逃げ場を求めるからであろう。つまり、われわれが仮面を素顔だと思い込もうとするのは、われわれが、それを剥ぎ取れば裡にはのっぺらぼうの空虚さが広がるだけの仮面を被っていることから、目を背けようとするからである。しかし、いったん仮面を素顔と思い込んでしまえば、われわれはこの仮面の虜となり、それに振り回される結果になってしまうのではなかろうか。たとえば、「われわれ医者は……」といった口の聞き方がよく耳にされる。われわれは、こうした呪文めいた言葉を唱えながら、〈医者〉といった自らの演じるべき役柄を偶像化し、その庇護のもとでの安らぎを貪っているのだが、しかしこの安らぎは、いわばわれわれが憑移霊(zar)に身を売り渡し、その操り人形となってしまったことの代償にすぎないのである(SG, 100)。われわれの日常性は、憑移霊に取り憑かれたそうした狐憑きの亡者どもで満ち満ちているのではなかろうか。


3.

 ここで、サルトルが『ボードレール』のなかで述べていたことを思い出してみるのも、無駄ではあるまい。というのも、サルトルはこの著作のなかで、「存在すると同時に実存することを望み、実存から存在へ、存在から実存へたえず逃げ回る」ボードレールについて語り、さらに「実存と存在の不可能な綜合」をたえず夢見ていたボードレールについて語っていたからである(B, 99; 216)。そのように語られるボードレールのありかたとは、言うまでもなく、『存在と無』のなかで論じられた自己欺瞞そのものである。たとえば、サルトルがボードレールのダンディズムについて触れている箇所を見てみよう(B, 186ff.)。染めた髪、女のような爪、薔薇色の手袋、エナメル塗りの舞踏靴、長い捲き毛、かるく腰を振る女のような歩き方──彼のこの異様な風貌は、それを見る者の目をまごつかせ、うろたえさせる。ひとの目を惑わせるこうしたダンディズムにさらに輪を掛けるのが、彼の露悪趣味であり、そこからさまざまなスキャンダルを惹き起こすボードレール像が作り上げられることになる。たとえば、彼は男色家だとか、フェティシストだとか、黒人女の情夫だとか、阿片中毒だとかという噂が広がるのである。ボードレールがこうした噂の種を撒き散らすことになるのは、彼が、彼のいわゆる「人間の顔の専制」(la tyrannie de la face humaine)のなかにあって、ひとの目に耐え切れず、逆に醜悪な自分の姿を曝け出してしまうからなのだが、それはまた、ひとの目によって公認されるような確然とした〈私〉を手に入れたいと彼がひそかに願っていたからでもある。ボードレールは、己れ一人では手に入れることができない〈私〉を、他者の助けを借りて何とか手に入れようとするのである。彼の誇大癖や奇行は、自分の姿を誇張してみせることで、それを何とかひとに認めさせようとする涙ぐましい努力でもあったのである。にもかかわらず、彼は、その〈私〉が他者によって意のままに掴み取られ、玩ばれることはけっして容認することができない。彼にとっては、他者が、彼にその〈私〉を仲介するにとどまるならいざ知らず、その〈私〉を彼の手から略奪してしまうことは我慢がならないのだ。だとすれば、ボードレールに残されている道は一つしかない。それは、彼がその〈私〉を自分自身が作り上げた虚像と化してしまうことである。サルトルはこう語っている。「変装は、ボードレールの大好きな仕事だ。彼は、自分の肉体や感情や生活を変装させて、自分を創造するという不可能な理想を追求する。彼は……自分を取り上げて、絵や詩に手を入れるように、自分に手を入れ、自分で自分の詩になろうとする。これが、彼の芝居なのである」(B, 199)。「自分で自分の詩になること」──それはまさに、対自存在と対他存在の間の際限のない鬼ごっこに終止符を打ち、そのなかで引き裂かれていた〈私〉を救い出すことができるような「実存と存在の不可能な綜合」をなし遂げようとすることにほかならない。彼の異様な化粧や扮装も、また彼のスキャンダルも、それをなし遂げるための手段以外ではなかったのである。化粧し扮装し、スキャンダルによって彩られた彼の〈私〉が、彼が自分の手で着飾らせ、化粧を凝らしたものであり、これまたスキャンダラスな『悪の華』の詩篇と同じように、彼自身が作り上げたものだということを考えてみればよい。そのために、彼を意のままに嘗め回すはずであった他者の眼差しは、彼が見るように仕向けたものだけに向かわせられる顛末となる。つまり、ボードレールが描き出す幻影に踊らされる羽目に陥った他者は、彼の狙いどおり、彼を彼自身に媒介するただの仲介者に成り下がってしまうのである。ここには、主客の顛倒を惹き起こす一つの逆転劇がある。そして、この逆転劇のなかで、他者の眼差しに絡め取られてしまうはずであった彼の〈私〉は、彼自身に取り戻されることになり、その結果、彼の〈存在〉は、その呪縛されたありかたから転じて、彼の〈実存〉が自由に描き出す無限の映像と化するのである。サルトルはこう述べている。「ボードレールの追求する目的は、実存と存在の分解しえぬ結合としての奇妙な彼自身のイマージュにある。……彼は、自分が他者にとって存在したのと同じように、自分自身にとって実存することを選び、彼の自由が彼には一つの〈自然〉として現われ、他者が彼のうちに見出した〈自然〉は、彼の自由の放射そのものに思われることを望んだのである」(B, 239-243)。ボードレールのこの目論見は、彼がその〈私〉をイマージュと化することによって、一挙に実現される。つまり、彼の存在と実存、あるいは、彼の対自存在と対他存在は、その幻影の〈私〉を媒介として、その間に穿たれていた深淵を一挙に飛び越えてしまうのである。彼は、「自分で自分の詩になること」によって、まさにその〈私〉を手に入れることになるのだ。

 しかし、こんな風に語ってしまっては、いささかボードレールを褒めすぎることになろう。というのも、サルトルも見抜いていたように、彼は、「自分で自分の詩となること」に殉じようという自らの企ての行き着く果てにあるものに脅え、途中で尻込みしてしまうからである。彼は、自らの企みがうまくいきそうになると、突如、病気や遺伝のせいで自分はこんなことをしてしまったのだとか、こんなことをしたのは発作に駆られたせいだとか、魔が差したせいだとか、慌てて弁明しはじめるのである(B, 201ff.)。しかし、こうなってしまえば、彼の自由な選択であったはずのものが、ことごとく彼の宿命のせいにされてしまう。こんな弁明をするようでは、彼は彼が侮蔑する俗物たちといったいどこが違うというのか。彼が俗物たちと違っていたとすれば、それは、彼がいわば「自分で自分の詩になること」に殉じようとしたというまさにそのためであったはずである。いわば俗物たちの〈くそ真面目な精神〉が、その仮面や演技を現実と見做し、仮象を実在と見做して、そこに安らぎの場を求めるのに対し、彼はそうしたまやかしの現実や実在をことごとく打ち壊し、仮面としての仮面が孕む〈無〉そのもののなかに身を投じようとしたのであり、そこにこそボードレールのボードレールたる所以があったはずなのである。


4.

 ここで私の脳裏を掠めるのは、この『ボードレール』をジュネに献じていたサルトルが、この著作のなかで語ろうとしていたのは、ボードレールというよりはむしろジュネではなかったかという疑いである。サルトルの『聖ジュネ』は、この『ボードレール』のすぐ後に執筆されたが、そうした事情を度外視しても、この『ボードレール』は『聖ジュネ』のための一つの習作にすぎなかったように思われるのである。というのも、ボードレールが中途で尻込みした「自分で自分の詩になる」という企てを、最後の最後まで貫き通したのは、まさしくジュネであったからである。

 ところで、余談めくが、サルトルがそのジュネ論に『聖ジュネ』という表題を与えたということは、それはそれできわめて示唆に富んだことである。というのも、林達夫が語っているように、この『聖ジュネ』という表題は、フランス・バロックの劇作家ジャン・ロトルーの『聖ジュネ』からの剽窃だからである(9)。このロトルーの戯曲は、キリスト教禁教時代のローマ、或る王女の婚儀の際に、余興として演じられた芝居のなかで起こった事件を描いたものである。キリスト教への改宗が発覚して処刑される武将の役を演じることになった主人公ジュネは、芝居の幕切れとなって、自分もキリスト教に回宗したことを宣言する。それも芝居のうちと思って見ていた観客は、そうではないと分かって大騒ぎになるが、捕縛されたジュネはやがて従容として処刑台に上がる、というのがその大まかな筋書きである。「役者が演じている持役に誘い込まれて、その者になる。役者はいわば変身(メタモルフォゼ)の常習者ですが、またどんな時にも役者としての仕事が済めば、いつもの〈自分〉に帰る人間でしょう。ところが、ジュネはもはや〈わが身に永久に帰らざる変身〉をやってのけたわけです」と林達夫は語っている(10)。林達夫はロトルーの聖ジュネについて語っているのだが、しかし、このジュネとは同時にジャン・ジュネのことでもあったはずである。──ジャン・ジュネもまた、サルトルの『聖ジュネ』の副題にあるように、「役者にして殉教者」(comedien et martyr)としての道を歩んでいったのだから。

 「おまえは泥棒だ」という目も眩む言葉をまえにして、茫然と佇んでいたジュネ──そのジュネが或るとき「ぼくは泥棒になるんだ」と逆に言い放つのだが、まさにそのときから、いわば彼を〈わが身に永久に帰らざる変身〉に誘い込む彼のメタモルフォーゼの旅が始まる(SG, 76ff.)。「犯罪が作り上げたぼくに、ぼくはなることに決めた」(J'ai decide d'etre ce que le crime a fait de moi.)とジュネは書いているが、ロトルーの『聖ジュネ』の観客であれば、この言葉から殉教者ジュネの回心の言葉とどこかで共鳴しあう響きを聞き取るだろうし、また、サルトルの『ボードレール』の読者であれば、「おまえは泥棒だ」という名指しを逆手に取った「ぼくは泥棒になるんだ」というこの言葉のなかに、ボードレールとは違うかたちでの「実存と存在の不可能な綜合」の企てを読み取るかもしれない。いずれにせよ、すでに泥棒であるはずのジュネが泥棒になろうとするというこの逆説的な言葉に託し込められているのは、泥棒という呪われた存在をひとから負わされたジュネが、その泥棒としてのありかたを自ら演じる演技に変じることで、その存在の呪縛を解き放とうとする企てにほかならなかったのである。彼は或る箇所で自らの盗みを〈詩的行為〉と名づけているが、それというのも、彼が行なう盗みが行為(acte)というよりはむしろ仕草(geste)であり、金品を手に入れるための手段などではなく、彼自身が泥棒となるために身を装う華麗な演技であったからである(SG, 87)。しかし、彼は、その演技を全うするために、自らに課せられた泥棒という役柄を最後まで演じ切り、いわば「自分で自分の詩となる」までに到らなければならならなかった。つまり、彼は、役者がその役柄そのものになりきりその役柄の殉教者になってしまうという林達夫のいわゆる〈俳優の悲劇〉を、俳優なら持ちえたはずの劇場の栄光など微塵もない泥棒という奈落の底のありかたのなかで、屈辱とともに味わわなければならなかったはずなのである。

 しかし、泥棒になるとは、いったいどういうことだろうか。幼い少年にすぎないジュネにとってそれは、人々の間に和やかに溶け込んでいた幸せな日々が、人々に鞭打たれつつ追われる迫害の日々に一転してしまうということであろう。つまり、彼が泥棒になるということは、それが演技にすぎないにせよ、レインの〈自分であるふりをする〉あの坊やの演技が両親や周りの人々の温かい眼差しに見守られていたのとは、まるで事情が違うのである。あの坊やの演技が人々に受け入れられるのは、それが両親や大人たちが演じている演技と符合しあい、いわば、彼の踊りが皆が踊っている輪舞の歩調を掻き乱したりはしないからである。われわれが築き上げている社会とは、われわれが互いに辻褄を合わせて演じ合う演技によってかろうじて成り立っているのであり、われわれがそれぞれの〈私〉を手に入れるのも、互いに演じ合うそうした見せかけの演技によってなのである。しかし、ジュネが演じようとしているのは、社会を成り立たせている芝居の筋立てを狂わせるような泥棒としての演技なのだ。養父母の持ち物を盗むなどということは、われわれが互いに演じている演技の規則をそもそも踏み外しており、そんなことを仕出かすような少年は、われわれが苦労して作り上げているこの社会の成り立ちを根底から覆すことになるかもしれないのである。人々が彼を少年院に監禁するのもそのためであり、われわれが堅牢なものと見せかけているこの社会の存在が仮象であることを、彼が暴き立てるかもしれないからである。しかし、泥棒として社会の外へ放逐されるということは、当のジュネからすれば、人々が互いの演技によってそれぞれの〈私〉を認め合っている演技の輪から締め出されるということであり、それは彼にとってはその〈私〉が殺害されるに等しいことである。彼は、「死刑囚」と題された詩のなかで、「斧が私の首を切るはるかまえに、私のなかで死んだ朗らかな子供……」(l'enfant melodieux mort en moi bien avant que me tranche la hache……)と自らへの鎮魂歌を歌っているが(11)、人々から〈泥棒〉と名指されることでその〈私〉を殺害されたジュネにとって、「生きるとは、すなわち、少年が死んだ後に生き延びること」であり(SG, 586)、殺されたその朗らかな〈私〉を、泥棒としての演技によってあたかも生きているかのように飾り立てること以外ではなかったのである。さらにまた、〈私〉を殺害されたジュネからすれば、彼をいわば贖罪の山羊として抹殺し社会の見せかけの秩序を維持することで、自らの〈私〉の見せかけの存在を守り抜こうとする人々にしっぺ返しを喰らわせるためにも、社会の秩序を叩き壊し、そのすべてが仮象であることを暴き立てなければならなかったはずである。彼が悪へとますます駆り立てられていくのは、まさにそれゆえなのである。いわば〈善〉が、社会を成り立たせている規則と慣習を遵守し、そのことによって社会の秩序に存在の見せかけを与えるものだとすれば、〈善〉のアントニムとしての〈悪〉とは、その社会の秩序から喰み出すものとして〈存在とは別のもの〉(l'Autre que l'Etre)であり、いわば社会の見せかけの存在を蝕んでいく〈無〉だと言えよう(SG, 36)。「存在は一つの善であり、〈善〉は〈存在〉である。……それとは逆に、悪はその無によってのみ目も眩むものとなるのである」とサルトルは述べているが(SG, 181)、彼がそう述べたのは、われわれの〈くそ真面目な精神〉が善と存在、悪と非存在が互いに重ね合わせてしまうからであり、存在するものが善とされ、悪は〈存在とは別のもの〉とされるからである。──しかし、なぜ善が存在であり、悪が非存在とされねばならないのか。悪の烙印を押されたジュネが悪へとさらに突き進んでいくのは、彼が存在としての善そのものを瓦解させようとする試みを非存在としての悪に徹することによってなし遂げようとしたためであるし、彼がのちに悪を〈美〉として歌い上げる詩人となるのも、美がまさに仮象として、非存在である悪を存在である善に媒介するものであったからである。してみれば、泥棒が詩人となるのは、いわば必然的な成り行きである。ジュネの泥棒から詩人への変身について、たとえばサルトルはこう語っている。「〈存在〉の〈非存在〉と〈非存在〉の〈存在〉との綜合は仮象であり、そして仮象が悪人に彼のおぞましい自由を明らかにする以上、もしジュネが、並外れた努力によって行為を仕草に変え、存在を想像的なもの(l'imaginaire)に、世界を幻影に、彼自身を仮象に変えたとしたら、つまり、もし彼が世界を破壊するという不可能事をその〈非現実化〉(irrelisation)で代用したならば、どうなるだろうか」(SG, 184)。

 捨て子として生まれ、窃盗を働き、収容された少年院から脱走し、貧窮のなかで物乞いや掻っ払いや裏切りをして何とか生きながらえ、そのうち男どもに身を売る男娼にまで成り下がり、何度も投獄されたジュネ──そのジュネが、たまたま獄中でしたためた詩をきっかけに、小説や戯曲を書き出すようになる。ところが、その犯罪や男色のせいで世間から締め出されていたジュネが、そうした犯罪や男色を煽るような作品を書いたというまさにそのおかげで、世間に逆に受け入れられることになる。彼の作品が出版されると、彼を断罪し放逐していたまっとうな人々がこぞってそれを読むようになり、その作品の世評は、再び懲役に服さなければならなくなったジュネの特赦を、大統領に認めざるをえなくさせるという結末さえ生むのである(SG, 628f.)。いくら悪事を働いたところで叩き壊すことができなかったまっとうな人々の社会が、一編の小説が醸し出す毒にたちまちにして蝕まれてしまう。ジュネは、悪によってはなし遂げられなかった彼の企てを、いわば「価値の衣を身にまとった〈悪〉」(le Mal deguise en valeur)としての美によっていともたやすくなし遂げてしまうのである(SG, 416)。悪には騙されなかったまっとうな人々が美に籠絡されてしまうのは、美が〈善いもの〉(biens)であり〈価値〉であるかぎりにおいて、彼らが愛する秩序そのものに属しているからである。しかし、美のぺてんに騙された人々は、「〈存在〉の〈非存在〉と〈非存在〉の〈存在〉との綜合」としての仮象に身を委ねることで、気づかぬうちに存在としての善ではなく非存在としての悪に絡め取られてしまうことになる。サルトルが語っているように、まっとうな人々から締め出されたジュネが美のなかに見出したものは、彼らの地盤である〈価値〉そのもののなかで彼らに復讐を果たす恰好の武器だったのである。

 ところで、ジュネに悪から美への歩みを歩ませたものが彼の男色であったことは、容易に推測できる。というのも、彼が泥棒から男娼となることによって知ったのは、いわば贋の女である贋の男としての〈おかま〉が周りに撒き散らす仮象の毒にほかならなかったからである。このことについては、一つの逸話に触れるだけに留めておきたい。それは、『花のノートルダム』の主人公ディヴーヌが引き起こす一つの出来事である(12)。いわばジュネの分身である彼女は、或るとき、模造真珠の〈男爵夫人の冠〉を髪飾りに載せて、おかまたちの一団とともに或る酒場で酒宴を催している。おかまたちに取り巻かれた彼女は女王さまだ。彼女は威張り散らしながら酒を飲みお喋りに打ち興じている。ところが、ふとしたきっかけで、冠が落ちて模造真珠は砕け散る。おかまたちは口々に「ディヴーヌが冠を失くしたとさ……女王さまはもうお終いさ……いよいよ哀れな浮浪者ってわけよ」などと囃し立てる。そのとき、ディヴーヌが立てる甲高い笑い声にその場の人々が振り向くと、彼女は大きく開いた口から入れ歯を取り出し、それを頭上に載せる。「えいッ、糞、おまえさんがた、私はやっぱり女王さまなんだよ」。──ここにあるのは、贋物が本物に取って代わり、さらに贋物に贋物の贋物が取って代わるという変相の魔術である。サルトルもこの逸話に触れて、ここでは「贋物であった真珠の代わりに、贋の歯が贋の女王の贋の冠の贋の真珠となる。贋物であった歯が姿を消して、本物の贋の真珠のアナロゴン(analogon)となる」と語っていたが(SG, 428)、ここでは、本物の模倣にすぎないはずの贋物が本物に取って代わり、本物を贋物の贋物に貶めてしまうのである。つまり、ここにあるのは、平井啓之も述べていたように、プラトンのミメーシスの議論をひっくり返した本物と贋物、存在と仮象の裏返しの弁証法にほかならない(13)。しかし、問題は、本物を贋物に摩り替えるというこの魔術によって、ディヴーヌの本物の〈私〉であったはずのものが贋物の〈私〉によって掻き消されてしまうということであろう。〈男爵夫人の冠〉が砕け散ることで架空の女王の地位を追われ、年老いたおかまとしての耄碌した姿を晒し出すはずであったディヴーヌが、まさにその老醜の証しであるはずの入れ歯によって、ふたたび架空の女王としての地位を取り戻す。つまり、ディヴーヌの現実の〈私〉の老醜を暴き立てるはずであった彼の入れ歯も、贋の女王さまとしての彼女の仮象の〈私〉を飾り立てる豪奢な冠に姿を変じることになるのだ。こうなってしまうと、戴冠の儀式を終えたディヴーヌが、ふたたび冠を元の入れ歯として口中に嵌め込んだとしても、そのことで、いわば十二時過ぎのシンデレラのように女王がふたたび元の歯抜けの老人に戻るわけでもないし、悲惨な現実が華麗な仮象を消し去ってしまうわけでもない。というのも、入れ歯を嵌め込む仕草のあまりの優雅さのために、女王を演じていたディヴーヌが元の姿に戻ったのか、あるいは、女王がディヴーヌを演じはじめたのか、もはや見分けがつかないからである。

 さて、この出来事を通じてディヴーヌがおかまたちの女王になったのだとすれば、それは同時に、ディヴーヌをその分身とするジュネ自身が『花のノートルダム』を読むまっとうな人々の女王になったということでもある。ジュネは、すべてを贋物に変貌させるこの贋物性(la faussete)の詐術によって、まっとうな人々を仮象の世界に引き込み、彼の仮象の〈私〉のまえに彼らを拝跪させることになるわけである。しかし、ジュネのまっとうな人々に対するこの勝利は、人々が認める〈美〉というもののなかに潜む仮象性のおかげであったと言うべきだろう。たとえば彼は、真珠を贋の真珠に、入れ歯を冠に変じさせることによって、美のカリカチュアを作り上げ、美を冒涜する「糞を食わせる芸術」(l'art de vous faire bouffer de la merde)をでっち上げたわけではない。むしろ、「この世ならぬもの」としての美そのもののなかに存在を喰らい尽くす仮象の毒が含まれていたのである(SG, 433)。ディヴーヌとジュネがその〈私〉の勝利を手にすることができたのは、まさに美そのもののなかに含まれるこの仮象の毒のおかげだったのである。

 ところで、サルトルは、『想像力の問題』のなかでは、『聖ジュネ』で述べていたのとはまるで正反対のことを述べていた。つまり、『想像力の問題』によれば、〈美〉とは所詮は絵空事であって現実ではない以上、われわれは仮象の夢から目醒め、嘔吐を催す現実そのものへと立ち返るべきだとされていたのであり、さらに「倫理性と審美性を混同することは馬鹿げたことであり……人生を前にして審美的態度を〈取る〉ことは、現実界と想像界を不断に混同することである」と結論づけられていたのである(IM, 371f.)。たしかに、これは一応はもっともな主張であろう。しかし、〈私〉の成り立ちという問題を、たとえばジュネという事例に即して考えたとき、それは、サルトルの思惑とは違って、むしろ善悪の彼岸にある問題だということになるはずである。つまり、〈私〉の存在が結局は仮象にすぎないのであってみれば、〈私〉の成り立ちの問題とは、倫理学ではなくむしろ美学に座を譲るべき問題ではないだろうか。


(1) Genet, J., Les Bonnes, Marc Barbezat, 1976.

(2) サルトルのテクストからの引用については、略号を用い、頁数とともに本文中の括弧内に表示する。

B : Baudelaire, Paris, Gallimard, 1947.
EN : L'Etre et le Neant, Paris, Gallimard, 1948.
HC : Huis Clos suivi de Les Mouches, Gallimard, 1947.
IM : L'Imaginaire, Paris, Gallimard, 1986.
SG : Saint Genet ──Comedien et Martyr, Les OEuvres completes de Jean Genet, tome I, Paris, Gallimard, 1952.
TE : Le Transcendance de l'Ego, Paris, Vrin, 1972.

(3) Genet, J., op.cit., pp.22f.

(4) ibid., p.9

(5) Dort, B., “Genet ou le Combat avec le Theatre", Thatre reel, Paris, Seuil, 1971.

(6) Laing, R. D., Self and Others, London, Tavistock, 2nd edition, 1969, p.31.

Cf. Freud, A., The Ego and the Mechanism of Defense, London, Hogarth Press, 1954, p.89.

(7) サルトルの〈私〉の成り立ちを巡る議論の詳細については、魚住洋一「毀れものとしての〈私〉──自己意識の政治学のために」(新田義弘編『他者の現象学・2』、北斗出版、一九九二)を参照されたい。

(8) Genet, J., op.cit., p.27

(9) Rotrou, J., Le Veritable Saint Genest, Tragedie, Texte etabli et presente par E. T. Dubois, Droz, 1972.

(10) 林達夫・久野収『思想のドラマトゥルギー』、平凡社、一九七四、三〇四頁。

(11) Genet, J., “Le Condamne a Mort", Les OEuvres completes de Jean Genet, tome II, Paris, Gallimard, 1951, p.213.

(12) Genet, J., “Notre-Dame-des-Fleurs", Les OEuvres completes de Jean Genet, tome II, Paris, Gallimard, 1951, pp.118f.

(13)平井啓之『ランボーからサルトルへ』、講談社学術文庫、一九八九、三六三頁以下。


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