Psychology, Hearing, Acoustics & Music

 
       
 
 
 
PHAMにおける研究の方向性について

ここでは京都市立芸術大学音楽学部・音楽学・音楽心理学研究室においてどのようなことが学べるのかについて、あるいは高校生の皆さんで大学選びをしている方を対象に説明します。他大学から大学院への進学を検討している方にとっても参考になると思います。

PHAMは、Psychology(心理学)、Hearing(聴覚)、Acoustics(音響)、Music(音楽)の頭文字を取っています。ここで大凡、この研究室のテーマと方向性を知っていただけると思います。つまり音楽に関連して、心理学的な観点から、聴覚や音響学の知識を核として研究していくというのがこの研究室です。心理学という分野は多くの高校生の方にとってはよく分からないものであると思います。世の中の一般の人が抱いている心理学のイメージは、「性格判断テスト」などで見られるようにある個人の性格や性質を探ったりするものかもしれません。あるいは音楽との関連で言うと気分が落ち込んだときにはモーツアルトを聴くといい、とか、さらには音楽療法という名前で知られているようなものを研究するところだというものかもしれません。もちろん、このような内容は心理学の守備範囲ではあるでしょうが、PHAMで主に取り扱う内容はこれとはちょっとずれてくると思います。HearingとAcousticsというものへの関与がよりPHAMでは重要となります。聴覚(hearing)は人間が音の信号をどのように受容し、情報処理するのかを研究することが中心になります。そのためにはどのような音響信号を人間に与えたのかを厳密に知っておく必要があり、従って音響(acoustics)についても知っておく必要があります。

例えば、聴いていて楽しく感じる音楽と悲しく感じる音楽があったとします。どうしてその違いが出るのかについて不思議に思い、それを調べてみたいと言うことになった場合、どこから始めたらいいのでしょうか?まず、2つの音楽がどこでどのように違っているかをきっちりと抑える必要があります。それをするためには音楽が人間によって情報処理される以前に物理的にどのような構造になっているかを明らかにしなければなりません。ある人は2つの曲の楽譜の上にその違いを求めるでしょう。それである程度のことが分かるかもしれません。ところが同じ曲をいつもとは違う楽器で演奏したら印象がちょっと変わってきてしまったというようなこともあり得ます。そのような場合は楽譜のレベルで表現できていない情報が、つまりより具体的な音としての違いが大切になってくるわけです。その違いを適切に知るためには音響に対する基本的な知識が必要となってきます。

ところが、音響信号を詳細に調べていくと人間にとってはほとんど違いをもたらさないにも拘わらず、全く違うように表現されていることも多々あります。一部の人はここで音響学をいくら詳細にやっても自分たちの大切に思っている問題には答えが得られないとして、客観的な分析態度を否定して、観念論的な議論をすることをします。これらの議論は全く無意味とは言えませんが、実は物理的な違いが人間の聴覚系でどのように扱われうるかを調べると、音響学のレベルでは説明できなかったことが説明できる可能性があります。つまりここで聴覚情報処理的な観点が重要となってきます。聴覚情報処理的な研究では実証的なアプローチを取ることが可能です。つまり観念的な議論の繰り返しではなく、ある仮説を立て、その仮説の妥当性を検証する実験を行うことにより真実を解き明かしていくというやり方が可能です。観念論的なアプローチの場合、このような吟味の方法が困難で、時として思想的な対立が延々と繰り返されるということにつながってしまいます。

PHAMでは基本的に実証研究というやり方を推進します。そのために必要な知識や技術(実験手法など)の獲得・習得を目指します。このように書くと『なんだか理科系みたい』という印象を持たれた人も多いと思います。これについては否定しません。他の音楽学に比べればPHAMでの方法論は理科系的なものとなります。また、理科系的な知識の習得も重要になってきます。但し、そのような知識が既に備わっている必要があるかというとそうではありません。実は一般大学の理科系に進学する高校生であっても音響学や聴覚をやるために必要な基礎知識は高校を卒業した時点ではそれほど持ってはいないのが日本の現状です。(おそらく世界的にもそうだと思います)基本的には音楽というものに興味があり、それを少し科学的に解明してみたら格好いいだろうな、と思う人はPHAMに来てやっていける資格があります。あるいは音楽にはあまり興味がないけれども聴覚には興味があるという方も大歓迎です。

反対にPHAMに向いていない人はどういう人でしょうか?おそらく『音楽を科学するなんて芸術に対する冒涜行為だ』と考える方にはまずお勧めしません。そして、そのような方は既にご自分なりの立派な芸術的感性・価値観を持っている芸術家の方でしょうから、芸術家としての訓練をさらにして、私たちを感動させるような作品なり、演奏を世の中に出していただければいいと思います。(私たちも実際には芸術を科学しようというような大胆な気持ちはありません。芸術に関連しそうな事柄について科学的に取り組んでいきたい、という謙虚な姿勢を貫きたいと思っています)また、機械やコンピュータなどのいわゆる現代文明の産み出した便利な道具に対する嫌悪感がある方も向いていないと思います。実験などをする場合にこれらの便利な道具にはどうしてもご厄介にならざるを得ないのが現実ですから・・・。反対に、ちょっと逆説的ですが、コンピュータ・ミュージックや実験音楽をやりたいという人もPHAMには向いていません。PHAMでは計算機(コンピュータ)を使う仕事はたくさんやりますが、それは芸術行為としてではなく、あくまでも研究の一環としてですし、実験も論理的な学問をするための手段として用いるもので作品の創出が目的ではありません。

それから、最近は世の中で『癒し』というテーマが流行しており音楽療法に興味を持っている方も多いと思うので敢えて付言しておくと、PHAMでは音楽療法そのものは扱いません。音楽療法については科学的なアプローチを取ろうとされている方も存在しますが、聴覚や音響学に比べるとまだまだ方法論が確立されていないのが現状です。また、療法と言うからには精神医学、臨床心理学、大脳生理学などの領域との綿密な連携や、他の療法も含めた総合的なアプローチが必要となってきます。芸術大学に存在するPHAMではそのような環境を提供できるはずもありませんので、音楽療法そのものがやりたいという希望のある方は他の研究機関を当たってみて下さい。

また、専門領域と関係のない点ではありますが、英語に対する極度の苦手意識がある方もPHAMに来てから苦労が多くなるはずです。それはPHAMで読まなければならない文献のほとんどが英語で書かれているからです。もちろん大半の高校生は大学入学時に英語で書かれた専門の論文を読みこなせるだけの英語力を持ってはいません。最初は悪戦苦闘して取り組んでいく内に、気がつくと読めるようになっているというのが実際のところです。ただ、最初から諦めてしまう人にはチャンスはないのが道理で、要するに今は苦手でもそれを克服するだけのガッツがあれば問題はありません。

具体的なイメージが湧きにくい方はPHAMで行った研究の刊行物のリストに目を通してみて下さい。私のリストの中には一見音楽に関するものがないように見えるかもしれません。それは基本的に私が聴覚の研究を行ってきたせいでもあります。ただ、そのような私が京都市立芸術大学で教鞭を執っているという現実は、このような聴覚の基礎的な研究が音楽活動をより深めるために何らかの貢献ができるという期待が存在するからだと思っています。この先、もう少しは音楽との関連性が分かりやすいテーマや題目の発表が増えてくると思いますが、その時でも聴覚に代表される人間の知覚・認知を軸にするという基本姿勢は変わらないはずです。

さて,ここまで読み進めて「これは面白そうなところだ」と思っていただいた方の多くは本学部の入試要項を取り寄せてから驚くことがあるかもしれません。それは2次試験でピアノや聴音の試験を課しているということです。私個人はもとより,音楽学専攻の教員の大半もこの2次試験を課すことについては疑問を感じています。何年にもわたって,これを変更したいと申請し続けているのですが,未だに排除することができていません。理解を示してくれない他専攻の教員に対して私は憤りすら感じています。でも,彼らの大半は幼少期から音楽をやっているのでピアノなんて簡単に弾けると勘違いしています。その気になって練習すればできる,少なくとも本学部に本気で着たいと思っているのなら練習すればなんとかなると思っています。そうではないことを私はよく分かります。皆さんのほとんどは本学部だけを目指すわけではなく,当然他大学の心理学系や情報系の専攻へのチャンスもあるわけで,ピアノの練習などを始めてしまえば,受験上の不利益を被ることは確実です。もしも,それらの他の可能性に対して少しでもPHAMの方が自分にとって一番行きたいという場所だと思ったら,是非受験だけでもいいからしてみて下さい。2次試験対策はしなくてもいいです。ひょっとしたらということもあります!