聴覚における寸法情報の知覚と聴覚情景分析

 

皆さんは人間の声を聞いただけで,その人の身長がある程度分かると言ったらどう思われますか。当然だと思われますか。それとも嘘っぽいと思われますか。確かに本当の意味での身長は目で見ていないと分からないと思います。ただ,例えば,大人と子供の違い,男性と女性の違いくらいは声から判断できますよね。この違いには声の高さ(物理的に言えば基本周波数)の違いも大きく影響していますが,実は声道と呼ばれる発声器官(物理的には共鳴管と考えられます)の共鳴の仕方が違うことも重要な手掛かりになっています。

バイオリンとチェロでは,同じピッチの音を出すことが可能ですが,そのような音を聞いた場合,私たちは通常音色の違いから違う楽器がなっていることが分かるだけでなく,どちらの楽器の方が大きいか(この例ではチェロになりますね)言い当てることができます。これはバイオリンとかチェロといった楽器そのものを知らない人でもできます。そういう人は楽器の名前をいうことはできませんが,どちらが大きいかだけなら答えられます。

このような能力がどのような具体的な聴覚処理によって実現されているかについての研究をPHAMでは行っています。特にその時間的な特性,例えば寸法が瞬時に変化するような状態にどこまで我々の聴覚系が精度良く追随できるかと言うことに焦点を当てた研究に取り組んでいます。

音色の違いは,通常音源が異なると発生します。実際には音色と一口で言ってもいろいろな違いがその中には内包されていますが,PHAMでは寸法という次元は音色に内包されている次元のひとつだと考えています。多種多様な音色の中から寸法だけに着目するのは,例えば音楽全体で扱われる音の多様性を考える上では偏りすぎていると思われる方もいるかもしれません。しかし,寸法というものは,小さいものから大きいものへ系統的に並べられるという「ものさし」としての特性を備えています。これは,音色以外の音の3大属性として教科書などに取り入れられてきた,ラウドネス(大きさ),ピッチ(高さ)などにも共通する点です。

音源の寸法が分かると言うことは,実際に環境の中で我々が適応的行動を取る場合にも重要な手掛かりを与えてくれます。基本的に大きいものは,脅威となりうる存在か,あるいは同族であれば頼りにすべき存在です。足音を耳にしただけで,逃げるべきかどうかが判断できる生物は生存競争を生き残る上でも有利な存在であると言えるでしょう。

音楽という点に関連して言えば,ある程度の情報の共有を音を通じて行えてこそ音楽の価値があるわけですから,このような基本特性について深く調べることによって,何故今の音楽では今使われているような音響信号の変化を用いているのかということに,ある視点からの答えを出せると思っています。その答えは,多様性に富む音楽全体を見れば例外も沢山見つかるかもしれませんが・・・。

この寸法のような情報は自分の周囲に存在する音源の特性を表すものでもあります。このような音源は急速にその大きさを鳴り方を変えることは滅多にないため,我々は例えば寸法の急速な変化が生じるとそこで2つの音源が同時に存在しているような知覚を生じます。これは音脈分凝という名前で呼ばれている現象の一つです。例えば,人間の声では寸法は声帯が納まっている喉頭(いわゆる喉仏の位置)から口先までの間の区間である声道と呼ばれる管の長さで決まってきます。喉頭の位置は若干の変化はしますが,それほど大きな変化できませんし,それを自由に制御するすべも普通の人はあまり身に付けていません。その一方で声のピッチは比較的大きな範囲で切り替えることができます。音脈分凝の現象はピッチの急速な切り替えでも生じることが知られています。実際の人間の場合はあるピッチから別のピッチに変化させる場合にはその途中のピッチでの振動を経由するので音脈分凝が生じるほどの急速なピッチの切り替えを実演できる人はほとんどいませんが,良く鍛えられた歌手の妙技の中には音脈分凝を起こす一歩手前までの領域までピッチの正確かつ高速な切り替えをしているものもあります。PHAMではピッチによる音脈分凝と寸法による音脈分凝の違いや,両者を同時に組み合わせたときにどのようなことが起こるのかといった研究トピックスも扱っています。

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